[逆じゃねーか]古代オリエント世界でのエジプトの浮き具合

エジプトとヒッタイトの地図を見比べていて、ちょっとしたことに気づいてしまった。
どちらも「上の国」と「下の国」という言い方があるのに、その位置関係が真逆。

どういうことなのかを地図で出してみると…

★エジプトの場合

ナイル川が方位の基準になっていて、川の上流(=南)が「上の国」、川の下流(=北)が「下の国」。

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★ヒッタイト(アナトリア平原)の場合

首都の位置が基準になっていて、北側を上として北が「上の国」、南が「下の国」。

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たぶん、現代人の感覚的にはヒッタイトの言ってるほうが感覚的に分かりやすいんだと思うんだけど、こっちはエジプト基準に慣れすぎていて、「ん?? 北が上の国?? ん???」みたいに一瞬、脳がバグるんよね。

ちなみにメソポタミアも川基準だけど川が北から南に流れているので 下流=南=下方 という感覚。エジプト地域だけ国の「上下」の呼び方が独特なのは注意。


あともう一つ「逆じゃねーか」って思ったのが、ヒッタイトもエジプトも、メソポタミアのほとんどの国も、「本名」と「王名」が別になっているにも関わらず、エジプトだけは「有名な名前が王名ではない」というところ。

たとえばヒッタイトのムルシリ3世の本名はウルヒ・テシュブだが、大抵の人はムルシリという王名のほうだけ知っている。本に出てくるのは王名のほうだからだ。
なのにエジプトだと、ラメセス2世のラメセスは実は本名のほうで、王名としてはウセルマアトラー。王名を知っている人のほうが少なく、本に出てくるのも一般的に本名のほうだ。

これは最初に解読されたのがどっちの名前だったかによる慣習か、エジプトの場合はプトレマイオス朝で王名と本名の比重が逆転してしまったことに起因するのかもしれない。ただ、普通は王名のほうで書くべきところ、ほとんどの王が誕生名のほうで記載されているのは冷静に考えると分かりづらいなと思った。

たぶんこれ、ヒッタイト/メソポタミアしかやってない人と、エジプトしかやってない人はなかなか気が付かないと思うの…。