ウマ飼育の歴史と最近の研究動向/何が変わったのか

ウマ娘人気のせいか、最近はウマの家畜化の歴史やウマに関する歴史の本が本屋に出ているのを見かけるようになった。
…のだが、実はウマの家畜化/飼育の歴史についての研究は、この10年くらいで幾つかのポイントが大きく変わっている。古い本だと修正されていないので、そこからスタートすると学説の先祖返りが起きてしまうなと思った。

なので、いくつか注意の必要な部分を書いておきたい。


■ウマ飼育の最古例は、今はデレイフカ遺跡ではない

かつては、議論がありつつもデレイフカという遺跡が「最古」例として書かれることが多かった。時代は紀元前4000年くらいである。
しかし、ここの遺跡から出たウマの骨は、実はかなり後の後期スキタイ時代のものと後から判明した。遺跡自体は確かに紀元前4,000年だったのだが、ウマの骨を含む埋納跡は別の時代のものだったのだ。
そのため、現在では「最古」という話からは外れている。

ただ、デレイフカ遺跡推しの研究者がいて、ここのウマの骨が最古だと主張する論文はめっちゃ本数あるので、あとから出ている別の研究者の検証にたどり着けないと、訂正されていることに気が付かないのである…。


現在のところ、紀元前3,500年あたりのボタイ遺跡を最古例として挙げてくるのが多いと思う。ただ、飼育され始めた初期というのは、野生馬を捕まえてきただけなのか、完全に飼育化しているかが分かりづらい。確実に家畜化されはじめたと言えるのは紀元前2,000年以降。(紀元前3,000年には飼育化の試みがはじまっていた、とする研究者も多いが、ここでは安全値をとる)
最初は食肉および皮などの利用がメインなので、半野生だったのではないかと思う。

荷車を引かせる、騎乗する、などに至るのは、人間の手での繁殖が確立されたあとなので、家畜化よりもっと後の時代になる。



■ウマのDNA分析も広く行われるようになってきている

かつては不可能だった、古代ウマの骨のDNA分析も、今では盛んに行われている。
最近では、たとえば、「地上に残る唯一の野生馬」とされていたプルツワルスキーが、実は家畜化されたあと再野生化したウマだったのではないか、というニュースがあった。

野生馬、実は絶滅していた!というニュース→元ソースの本題は「馬飼育の歴史が想定と違う」
https://55096962.at.webry.info/201803/article_2.html

この研究によると、ボタイ遺跡のウマのDNAは確かに一部、現在のウマの中に入ってはいるものの、直系ではない、となっている。
(プルツワルスキーは直系になる)
研究が正しければ、ボタイ遺跡で飼育の試みがなされていたウマは、その後、主流となる血統として定着せずに廃れてしまったように思われる。


また、ウマの家畜化の起源地についても、古代の骨の解析からいくつかの研究が出ている。
たとえばこんな感じだ。

飼育馬の起源地、アナトリア説も否定されさらに分からなくなる
https://55096962.at.webry.info/202009/article_16.html

今のところ、黒海沿岸のどこか、もしくはコーカサス地方では…という話になっているが、次々と新しい研究が出ているので確実なことは言えない。ただ今までの傾向からして、ウマが導入された後発地域ほどパリエーションが少ない。ウマ飼育の起源地は複数あったかもしれないが、その後、優秀なウマを求めて交配していった結果、年代を経るごとに地域別に傾向が固定されていったようなのだ。現代における"種牡馬"のようなシステムがあったためだと推測される。



■わりと忘れられがちな問題「道具類」

ウマの家畜化の歴史と、ウマの使役の歴史は、繋がってはいるものの別の観点で語る必要がある。
というのもウマの場合、肉や皮を利用する家畜として飼うのとは別に、軍事利用などする場合は専用の道具が必要になるからだ。最低限必要なのは、ウマの口に噛ませる「ハミ」で、これが出現すると飼育の始まりの確実な年代と言える。
ちなみに鞍や鐙は、かなりあとの時代にならないと出現しない。蹄鉄も同様だ。

これらの道具の発展抜きにして、ウマの「利用」は語れない。
たとえ家畜化が進んでも、「何のために飼育していたか」は、同じ時代で地域ごとに違っていた可能性がある。

具体的に言うと、西アジアでは早くから戦争にウマを使っていたが、他の地域ではもしかするとウマを軍用や移動用に使い始めるのは遅れたかもしれない、という視点だ。そもそも最初に飼育が始まった理由は軍用ではないし、乗って移動する技術も紀元前1,500年あたりまで待たなければ登場しない。そして骨だけ見ても、利用のされ方は分からない。一緒に出てくる道具で判断するしかないのだ。

なお、ウマによる人の移動の歴史を語る時には、蹄鉄が重要な道具となってくる。
蹄鉄がないと、人のような重量物を乗せて走っているうちに蹄が傷んでしまい、ウマの機動力は限られたものになってしまうからだ。登場した時期ははっきりしないが、今のところ紀元後2-3世紀ではないかとされている。ウマは確かに早く走れる生き物だが、それまでは、人を乗せてはるか彼方に運ぶという使い方には適していなかったと思う。

ウマ飼育の歴史は、ウマを扱う道具の発展と連動しているので、道具の視点を忘れてはいけないのだ。


****

最近の傾向ではあるが、ウマの家畜化の歴史ひとつ調べようとしても、DNAの分析なら古生物学とか生物工学あたりのジャンル、飼育に関わる道具なら考古学とか歴史学のジャンル、と、理系文系の境界なく両者に関わる分野になってくる。最新の研究を探す場合はどちらの知識も必要だったりする。

歴史系の本だとDNAとかの話が抜けていることがあり、生物としてのウマの本だと歴史関連が大雑把だったりしてわりと一長一短あるので、複数ジャンルの視点から見ることをオススメしたい。

****

おまけ

古代エジプトに騎兵はいないが、「もしも馬に乗れる人がいたら」という仮定で話をする
https://55096962.at.webry.info/201601/article_9.html