知られざるインドの宗教史「インドのヒンドゥーとムスリム」

世界史リブレットシリーズ、冊数多くて読み終わりまてん!!
というのはさておき、今回は何故かインドの宗教についての本を読んでみたぞ。インドといえばヒンズー教が一番多くて、イスラム教徒は少数派。ほとんどのイスラム教徒はインドから独立したパキスタンのほうにいる。という話は有名なので知ってる人が多いと思うのだが、実は両者の区別は非常に曖昧で、そもそもインドでは「改宗」が近代まで非常にフランクに行われていた、という話が出てくる。

インドのヒンドゥーとムスリム (世界史リブレット) - 中里 成章
インドのヒンドゥーとムスリム (世界史リブレット) - 中里 成章

これを読むまで、インドの宗教対立はかなり古くからあるのだと思っていた。
カースト制度と宗教が結びついていて、「宗教が違う=カーストも違う」なので交流が無いんじゃないかと思っていたのだ。しかし百年ほど前には、父親と息子の宗教が違う事例も普通にあったし、一族内で宗教が違うのもアリだったし、同じムラの中で異なる宗教が共存していたり、極端な例だと「ムスリムのバラモン」というようなイスラムとヒンドゥーが入り混じったような存在すらいた、というのだ。

そもそも農民が改宗した場合に、イスラム教をどこまで理解していたか不明で、実体は「アラー崇拝(カルト)」のような曖昧な状態だったのでは、という説も出てきていた。

また歴史的に見ても、イギリスの植民地支配に対してヒンドゥーとイスラームは協力して対抗していたりして、必ずしも敵対ではなかったのだ。ヒンドゥー至上主義とナショナリズムはかなり近代になってからの代物だったのだ。


長い共生の歴史にも関わらず、近代になってから始まってしまった宗教対立。国家というアイデンティティを探りながら近代化していく上で、幾多の国がそのような道を辿ってきた。「うちの国はこういう国だ」という狭い規定を設定すると、そこからはずれる少数者は異端としなってはじき出されてしまう。インドにはイスラム教徒以外にも仏教徒、キリスト教徒、ジャイナ教徒など様々な宗教、民族が存在する。それらはサラダボウルのように、完全に融解して混じり合うものではない。

対立を止め、サラダを構成する野菜が共存出来る状態で存在し続けることが出来るのかどうかに、インドという国が将来に渡って一つでいられるかがかかっている。コンパクトにまとまってはいるが、なかなか重たい内容の本であった。


なお、イギリスさんは相変わらずイギリスさんでした。
うん…イギリスはね…。世界中あちこちの植民地で火種撒いて帰るよね…知ってるけどね…。