知られざるヌビアのキリスト教・三王国時代の教会跡が見つかる。

内陣部分のカーブがきれいに残ってて「ほほう…」という感じ。
アフリカ内陸部に残された初期キリスト教時代の遺跡。キリスト教といってもカトリックとかプロテスタントとかではなく、東方系とか正教系とか呼ばれるうちの一派で、初期キリスト教から分離して、エジプト経由でナイル川を遡って伝播していった系譜になる。

Cathedral Of Dongola: New Discoveries In Sudan
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/05/cathedral-of-dongola-new-discoveries-in.html

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この教会跡はドンゴラで見つかっていて、ナイル川の第一カタラクト(瀑布、流れが急になるところ)から第五カタラクトまでの範囲で司教座がおかれていた可能性がありそう、とのこと。
当時のドンゴラは、ヌビアの三つの王国のうちマクリアの首都があった場所で、マクリア全体の重要なキリスト教拠点だったかもしれないのだ。

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※"ヌビア"はエジプト南部からスーダン北部に至る伝統的な地域名だが、現在の国名としてはスーダン。
※エジプトの影響力が弱まった後、5世紀頃から成立するキリスト教国は、北から ノバディア マクリア アロディア と呼ばれている。ただしこれらはヨーロッパから見た呼び名。
※ぶっちゃけ、ほとんど資料なくて自分も概要くらいしか分からない


https://libportal.jica.go.jp/library/public/ProjectHistory/Sudan/col01.pdf

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スーダン歴史概要
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クシュ王国が成立(のちにエジプトから独立する王国) ★ここで古代エジプトの歴史とリンク

4世紀 エチオピアのアクスム王国に滅ぼされる

5世紀頃 三王国時代になる。三国で併合などの歴史がある

13世紀頃 イスラム教が入りだす

16世紀 イスラム教フンジ国成立

19世紀 エジプトが進出するも全土は支配できず ★ここで近代エジプトの歴史とリンク

→その後イギリスさんが定規でまっすぐ国境引いて今に至る

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というわけで、アフリカがイスラム教を受容したのは実はけっこう最近のこと。それまで千年近くキリスト教が国教だった。
ちなみに、アクスム王国を擁したエチオピアは今でもキリスト教が多い。アフリカ東部はローマが布教するのとは別に、初期のキリスト教を独自に取り入れていた。

 ただ、その内容は、あまり研究されていない…。

教会芸術はギリシャや東ローマの様式を多く取り入れている、というのは以前のエチオピア旅行で見て来たので、ヌビアもおそらくビザンツ様式。今回発見された教会はかつて大きなドームを備えていたようなので、まさにビザンツで好まれた形式だなと思う。


古代から中世に至る時代、かつて高度な建築技術を取り入れた大きな教会を建てていた国があった、という事実は、アフリカ、という一般的なイメージとは違っていると思う。でもこれが現実なんだ。アフリカにも文明はあったんだ。ただ、あまり研究されてないから知られていないだけなんだ…アフリカの古代文明はエジプトだけじゃないんだ…。

この遺跡は今後も発掘の予定があるらしいので楽しみ。
あまりにも資料なくて(あってもやたら古い)、もやもやしていたこのあたり、誰か…まとめて…資料出して…くだs


[>おまけ

「なぜアフリカでは文明が育たなかったのか」という問いかけを見かけて「??」ってなった件
https://55096962.at.webry.info/201703/article_15.html