よく考えると「一次文明」っていう概念が謎すぎた。そもそも「一次」なんて無いのでは?

「一次文明」とは、自力で最初に登場した文明、という概念である。
最初に提唱したのはおそらくトインビーで、以下を上げている。

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※トインビーの「歴史の研究」より。

一次文明の鍵数は限られていて、他の文明は一次文明の後継または衛星文明とされる。
たとえばギリシャ文明はエーゲ文明の後継だし、日本はシナ文明の衛星。辿れるだけ遡っていちばん最初に出現するのが一次文明という概念なのだが、実は、この場合の「文明」とは都市文明が想定されている。 すなわち、ある程度の成熟度を持つ文化を持つものが「文明」という定義なのだ。


しかし、人間はその始まり時点からしてすでに「文化」は持っている。
具体的には、石器の作り方や言語によるコミュニケーション、食えるものと食えないものの知識や調理法など生活の知恵と呼ぶべきもの一式だ。特に石器の作り方や食料の調理法など、生存に必須の知識は、地域差があり、たとえば3万年前のヨーロッパとアジアでは石器の作り方からしてそもそも違う。
そうした基礎文化なくして文明は生まれない。とすれば、完全に真っ白な土壌の上に成り立つ文明などありえないという話になる。

たとえば、押圧剥離の技術はアジアのどこかで開発されたと考えられており、アメリカ大陸に渡っていった先住民はすでに技術として持っていっていた。
火をおこす技術や、寒さに耐えるため獣の皮を縫い合わせてまとうという概念などは人間特有のもので、これがあったからこそ新大陸に進出することができた。

メソアメリカ文明やアンデス文明は、たしかに新大陸で独自に誕生した文明ではあるだろうが、彼らの活動の基礎となる技術や生存のための知恵を育んだのは、旧大陸にいた頃に所属していた母集団だろう。移住者たちは文化なき白痴集団ではなく、当時としてはかなり高度な文化を持った生存エキスパートだったはずで、そうでなければ逆に、未知の土地になど移住はできなかったはずだ。


だとすれば、「一次文明」なる言葉は、現代基準で「文明」と見なせる基準を決めて、それに適合するものとそうでないものを、勝手に振り分けているに過ぎないのではないだろうか。つまりは、連続した時間の一部を切り取って、特別なもののように見せかけているだけではないのか、ということだ。


たとえばグラヴェット文化の盛んだった数万年前のシベリアを考えてみると、文明に達していないと現代人が判断している時代でも、かなり高度な芸術作品を作っていたりする。この時代は、マンモス肉を貯蔵する共同倉庫が見つかっていたりもするので、おそらく組織的な活動もされていた。

まだ人間の数が少なく都市を築けるほどの人数もない(そもそも狩りがメインだと、集住しすぎると食料が足りなくなるのでできない)が、これが文明としては認められないのなら「ではそもそも、文明の定義とは何なのか?」という話に戻ってしまう。


忘れてはいけないのは、「文明」なる定義で呼ばれる組織が誕生する以前から、人間はすでに高度な文化を持っていたこと。
すべての文明は、ある日突然生まれたのではなく、基礎となる技術や知識がはるか以前から受け継がれていて、その延長線上にあるということだ。基礎無くしては何も生まれない。エジプト文明は紀元前3000年に突然現れるわけではないし、メソアメリカ文明は無知な人々が新天地にイチから作り上げた文明でもない。

時間と文化は、常に連続しているのだ。