プトレマイオス朝のエジプト人が神殿を"労務からの避難所"として使っていた可能性について

プトレマイオス朝の資料をぽちぽち探してたら、ちょっと面白そうなの見つけたのでメモ代わりに。
紀元前190-130年頃のプトレマイオス朝時代、身分の低いエジプト人たちが、国から義務として科せられる労務を逃れるために神殿にお金を払って労働契約をしていた、という話である。

In Ancient Egypt, People Paid to Become Temple Servants
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/in-ancient-egypt-people-paid-to-become-temple-servants-674595/

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古代エジプトの神殿への奉仕といえば、ウアブ神官など臨時雇いの下級神官がすぐに思いつくところだが、これは神殿から指名されるなどして一定期間働くのとは違い、雇われる側がお金を払って神殿に「避難」する、というシステムになる。神殿側は臨時収入があり、しかも労働力が手に入るのでラッキー、という感じだったはずだ。

問題は、どうしてわざわざそんなことをしたのか、ということ。

この時の研究者の意見では、建設業などの過酷な国家事業に駆り出されるのがそれほど嫌だったのだろう、となっているが、もしかしたら労働の中には兵役や遠征も入っていたのかもしれない。だとすると、命の危険にさらされ、いつ帰れるかもわからない事業に引っ張られるよりは、お金払ってでも神殿の使用人をやりたいはずだ。要するに、神殿が有料駆け込み寺の役割を担っていたわけだ。

しかし国としても労働力に逃げられるのは困る。結局、この制度は60年ほどで禁止されてしまったようなのだが、プトレマイオス朝時代の王・政府と神殿との微妙な力関係が伺えるようだ。

なお、この制度が有効だった紀元前190~130年ごろは、プトレマイオス5世~8世あたりの、エジプトで反政府の内乱が勃発していた不安定な時代である。民衆の心を掴むための徳政令も発動されており、あのロゼッタ・ストーンが作られたのも、このあたり。王家のお家騒動や暗殺合戦も相まって、民衆的には「何であんな王サマの言うなりにならなあかんねん」と思っていた可能性はある。

このへん、時代背景と絡めて調べてみると面白そうだなあ。