エジプトミイラ、胎児ごとミイラ化された女性が見つかる。

エジプトのミイラで、お腹の中の胎児ごとミイラ化された女性が発見されたとのこと。
このミイラは1917年からワルシャワ大学に収蔵されていたようだが、CTスキャンでの調査は今回はじめて。また、この調査により、棺と中身が別人ということも判明している。棺は前1世紀の男性神官のものだが、中身は妊娠中の20-30歳の女性なのだ。

Pregnant Egyptian mummy revealed by scientists
https://www.bbc.com/news/world-middle-east-56926005

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エジプトの「妊婦のミイラ」、世界で初確認 ポーランド
https://www.afpbb.com/articles/-/3344705

棺が間違えられていること自体は特に不思議はない、最初にこのミイラがエジプトで購入された19世紀には、現地の密売人が残りのいい棺とミイラを別々に組み合わせて「売れる商品」として仕立てることはよくあった。
問題は、妊娠中の女性のお腹の中に胎児がそのまま放置されていることで、これは前例がない。26-30週で胎児もそれなりの大きさまで成長しているので、この場合は胎児も内臓と同じように取り出して別々にミイラ化処理をするのが普通である。
記事では「取り出すのが困難だったのでは」という説も書かれているが、内臓のほうはきちんと取り出して別々に梱包されたあと体内に戻されているので、これは無さそうだなと思った。

考えられる可能性は、記事にある

 ・望まれざる妊娠だったため隠そうとした

の他に、

 ・ミイラ化手順を省略した
 ・ミイラ化する際のお金をケチろうとした(胎児分の追加費用が払えなかった)

あたりもありそうだな、と思う。他に例もないため、宗教的な深い理由は考慮しなくてもいいと思う。

古代エジプトのミイラづくりは、最初は宗教的に複雑な思想や手順があったのだが、紀元前後からだんだん雑になっていく。これには、ミイラづくりそのものが大衆化し特別な意味合いが薄れていったこと、死後の復活という思想はあれどキリスト教に代表されるようなより簡略化された新しい宗教に変化していくこと、大衆化すると同時に廉価な手法も浸透していくこと、などが関係している。

このミイラの年代が紀元前1世紀~紀元後1世紀頃と推定されているなら、ちょうどローマ支配が始まろうという時代で、ミイラづくりの簡略化がより進む時代なので、「手抜きしました」なんていうミもフタもない理由も在り得そうなのだ。


なお、古代エジプトのミイラについては、実は判っていないことも多く、昔から博物館に収蔵されていたのに調査は最近になって初めて行われて色々判明した、というケースは他にもある。

例)
古代エジプト新王国時代、泥で修復されたミイラが初めて発見される
https://55096962.at.webry.info/202102/article_5.html

また、ミイラづくり工房跡も近年見つかっており、庶民向けにお値段別で処理方法を変えたミイラが葬儀込みでサービスされていたのも、どうやら歴史的事実だったらしいと分かって来ている。

古代エジプト末期、ミイラづくり工房の発掘まとめ
https://55096962.at.webry.info/202005/article_27.html


分かっているようでわかっていないことも多いのが古代世界というジャンル。これかもきっと、色んな「例外」が見つかっていくんだろうな。エジプトの大地から掘り出す前に、まずは博物館の倉庫を確認しよう!