曜変だけじゃない、天目茶碗の歴史と魅力「天目 てのひらの中の宇宙」

タイトルかっこよかったのと、表紙の写真がきれいだったんで手に取ってみた本。
大判なので写真も大きくて写真集としてもいいかんじ。茶器とか陶器好きな人はきっと気に入るはず。

天目 てのひらの宇宙 (別冊『炎芸術』)
天目 てのひらの宇宙 (別冊『炎芸術』)

「天目茶碗」とは、現代では喫茶用の黒釉(こくゆう)碗全般を指す言葉で、元々は中国の天目山に由来する名前。かつて中国に修行に向かった僧たちが持ち帰った茶碗が天目の名で呼ばれるようになったところから始まっている。なので必ず供骨董品を指す言葉ではなく、地に黒釉を使っている現代作の碗もこの名前で呼ばれる。

天目にはいろいろな種類があり、この本の最初に代表的な8種類が紹介されているが、白い天目「白天目」という種類があるのは驚いた。黒釉をかけたもの、と定義されているのに、日本で室町時代に作られた白釉の茶碗でも、元の黒い天目の模倣として「天目」と呼ばれるものらしい。灰を被ったような灰色がかった「灰被(はいかつぎ)天目」というのもあるらしい。

一番気に入ったのは木の葉を乗せて焼いて、葉っぱの形を黒い釉薬の上に写した「木葉天目」。すぐに腐ってしまう儚いものの姿が、長い間変化することのない焼き物の上に写されているという芸術センスがとてもいい。

写真に出て来る茶碗はどれも、見ていて吸い込まれそうになる美しさ。国宝や重要文化財でなくても美しいものは美しい。巻末に実際に販売されている茶碗の値段が出ているけれど、そんな安くていいんですか? みたいなのもある。値段じゃないのよな、価値は。お手頃価格のものもあるので、飾っておくだけじゃなく実際に使うことも出来ると思う。お茶席に天目。いいかもしれない。


この本には、現代作家の作り出した「曜変天目」の写真も出て来る。多くの作家が曜変天目に挑み、ほんの一握りだけが成功したという。しかし出来ているものもあるのだから、もはや「再現不可能」という言い方は当てはまらない。
これ↓とか、すごいと思うんだよ…。これが現代作家の品ですよ。

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また、近年になって中国でも曜変天目の破片が見つかっているので、日本にしか残っていない理由は「不吉だから壊された」という旧来の説は成立しなくなっている。おそらく中国の茶の飲み方のスタイルが変わり、粉にした茶を溶いて泡立てる方式から、お茶葉に直接湯を注ぐ方式にになったため、不要になってしまった茶器が日本に輸出されたのだろう、という。

中国は長い歴史を持つが、その歴史の特徴は完全なるスクラップ&ビルドである。
支配民族がころころ変わっていたこともあるだろうが、多民族文化圏ならではの特徴かもしれない。既存の概念なや枠組み、元々の伝統をダイナミックにぶち壊して新たなものを作り上げるのが巧い。対して、日本は、元々あるものに少しいずつ新しいものを足し、伝来したものを改造して自分たちのスタイルにして取り込んでゆくのが巧い。

どちらがいいというわけでもないだろうが、「伝統」に対する向き合い方が違うとも言える。
この結果、中国では曜変天目の完品は一つも残っておらず、現代作家の作るものの多くが出来の悪いまがい物になってしまっとている。
曜変天目が現代に残っているのは日本のほうで、天目茶碗が独自進化を遂げているのも日本である。


本の後半は現代作家たちによる天目茶碗のお披露目と作り方の解説なのだが、これがまた面白い。じつに多種多様だし、出来上がってくるものも色々で面白い。
私はこれが気に入った。キャッチがかっこいいというのもあるんだけど、こんなキラキラ陶器、一回使ってみたい。

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現代の陶芸家たちの中には、若い人もいるし、女性もいる。科学知識を取り入れたり、実験室のような場所で焼き物をしている人もいる。
宋代の中国の焼き物から始まっただろう「天目」の伝統は、今や、日本独自の伝統と言っていいと思う。