サブスク時代の学術論文の探し方と、大量にありすぎて読み切れない。という話

サブスク=サブスクリプションとは、たぶん10年くらい前から一般的になり始めた概念で、概念的には「定額レンタル」に近い。身近なところだと、アマゾンプライムに登録しておくと、定額で本やマンガ、映画などが見放題できる。たとえば、特定作品のDVDをお金払って買うのではなく、月々いくらのお金を払っておけば大量の選択肢の中から自分の時間の許す限り何作品でも、何回でも見られる。たたただしモノを所有しているわけではないので、お金を払うのを止めるか、サービスが終了したら見られなくなる。

モノを持たない消費行動、と言われるゆえんである。
また、とても便利なビデオレンタルショップがのきなみ撤退している理由である。
サブスクが繁盛している業界は、本やCD、映像などに留まらず、車とか家とかにも広がっている。

そして新聞や雑誌に月定額の読み放題があるように、学問の世界では、学術論文や専門雑誌の読み放題サービスというものがある。
これは、月々に定額を支払うことにより、登録されている論文や雑誌を、ビューワー上で読める、というサービスである。(ダウンロードは別料金)


世の中には文字通り山ほどの論文が出回っている。
自分の興味の範囲を絞り込んでも、毎週のように何十件と新着通知や更新通知が飛んでくる。そんな世界だ。一昔前のように、読みたい論文のタイトルや掲載雑誌名を探し出し、図書館に行って雑誌を探したり、取り寄せたり、誰かにコピーをもらってりする必要は、全くない。

ただ、単語を放り込んで検索するだけでいい――それだけで、よほどマイナーなジャンルでない限り、何十本という論文がヒットする。

 読み切れない。

現代は、あまりに情報が多すぎてついていけない時代なのである。
だからまず、短い時間で情報の内容を精査し、必要か不必要かを選別する能力が必要になってくる。

最近はサブスクで映画を見る時に早送りで見る人もいるというが、情報が多すぎるがゆえである。時間は有限なのだ。その時間の中でいかに効率的に娯楽を「消費」して月額のモトをとるか。娯楽小説のタイトルがやたら長ったらしくなってたり、あらすじにオチまで書いてあったりする理由も同じだろう。時間を使うべき対象の候補が多すぎるのだ。


しかし、時々思う。
定額で読んでいる雑誌や論文、サービス終了したらどうなるんだろう? と。

ある日ふと思い出して「あのxxな論文なんだっけなぁ…」と思ってももう消えてるとか。適当にブックマークに放りこんだ論文とか、正確なタイトルが思い出せるわけもなく、著者名すら怪しい…。印刷して手元にあればいいのだが、そうでもないとヘタすると二度と出会えなくなるのでは。そう思うと、ちょっと怖くなる時もある。

あと、あまりに大量に情報が流れて来るので、雑誌は記事タイトルだけ、論文は概要の部分だけざっと読んで流してしまってる時が多い。ちゃんと読んでないので、欲しい情報をちゃんと拾えているのかどうかあまり自信がない。
本職の学者の人もたぶんそんなもんじゃないかと思う。
ていうか全部目を通すより、引用数の多い上位にある人気論文から順番に見ていく感じになる。それこそ、なろうとかの小説検索サイトでラノベ見る時にジャンルランキングから辿るような感じで。


モノを持たない消費の文化は、今では当たり前のように色んなジャンルに広がっている。
自分の場合は紙の本もけっこう買っているので、サブスクにお金を払うことを止めても何も手元に残らないわけではないが、サブスク一本でやってる人とかはどんな感じなんだろうな…とは思う。