「シルクロードを最初に辿った人間は誰なのか」。遡ってみると辿り着く先は

中国史の中に、張騫という人がいる。
前漢の高官で、匈奴を牽制するために強度支配地域を飛び越えて、現在のウズベキスタンにあたる大月氏の領域まで遠征した人物だ。

シルクロードの歴史の始まりは、この人物の往復をもって語られ始めることが多い。この時の征西によって漢に持ち帰られた情報が、のちのオフィシャルな交易路の成立へ繋がっていくと考えられているからだ。
しかし実際には、その時すでにインド周りで中国の物資が大月氏のところまで辿り着いており、西方では中国の存在を知っていた。張騫にしても、全く道なき道を切り開いたわけではなく、匈奴を避けるために人目を忍びつつとはいえ、既に在る道を、そこに住んでいる人づてに辿っていったわけだ。

つまりシルクロード、いわゆる東西交易路は、全くゼロの状態から切り開かれたわけではなく、既にあった道をより効率化し、より太くしていったもの、ということになる。
道は必要とされるところに自然に出来るものだ。その自然に出来た道をお国の後押しで太くしただけなので、漢が滅び、廃れることはあっても、全く消滅することは無かったのだ。

であれば、その道を最初に拓いたのは誰だったのか。
のちにシルクロードとなる道を最初に辿った人間とは…。


と、考えていて、気が付いてしまった。
たぶんその道は、何十万年も昔にホモ・サピエンスではないヒト属が、東へ移住していった道なのだ。

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とりあえず、ここ最近のものらしい研究を適当にみつくろってきて図を借りた。
https://web.sapmed.ac.jp/anthropology/research/tu4lm400000003g0.html

(ヒトの拡散の研究は毎年書き換えが発生していて、年代も古い研究のものは全く使えなくなっているので、新しいものを探すことをお勧めする。)

シルクロードには草原のルートと南よりのルートがあるが、ヒトの東への拡散ルートも一般的に二種類、北と南で考えられている。真ん中あたりは沙漠なので突っ切れない。これはホモ・サピエンスの場合だけの図なので、それ以前に拡散していただろうヒト種は載っていないのだが、通れる道はそう大きく変わらない。狩りや採集で食べ物の手に入るルートを辿るしかないからだ。

時代によってこの道の場所はズレただろうし、気候変動によって通れなくなった時期もあっただろう。しかし実際に東の地に辿り着いているかには、人がどうにかしてこの道を辿ったのは間違いない。
何万年か、何十万年かかけて、その場所は「道」になっていったのだろう。


というわけで、シルクロードの元の姿は、人類の東への拡散ルートだった、という結論に達する。
東の果てに住むぼくらの祖先もきっと、はるか昔に、その道を辿ったはずなのだ。今ぼくらがここにいるからには。