ナショナル・ジオグラフィック誌の20年。写真雑誌はこの先、生き残れるのだろうか

ずっと購読していたナショジオ誌も、さすがに20年になると240冊、そろそろ置くところもなくなってきたし床重量もヤバい。
今はデジタル版でバックナンバーも読めるし最近のやつは処分するかな…と思ってちょっと見ていたら、昔に比べて雑誌がやたら薄くなっていることに気づいてしまった。

2010年あたりを境に、2/3くらいの厚さになっている…。
背表紙の文字に余裕がなくなっていることがわかる。

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1998年は180ページあり、2011年では120ページ。
最近の号でも120ページくらいしかない。値上がりはしているのに、内容は減っているのである。たぶん日経に委譲されたあたりから厳しくなってきたんだろうけど…。

そして、気に入っている号だけ残してあとは処分しよう、と思ってより分けてみたら、ここ最近の号はほとんど残らなかった。最近のナショジオは、読みたい記事が少なくなって、印象的な写真もあまり無いなぁと思っていたが、気のせいじゃなく本当にそうだった…。

これは、インターネットが発達して、世界中のほとんどの場所は雑誌を見なくても検索すれば情報が得られる時代になったことも関係していると思う。
知られざる世界の秘境について、印象的な写真を掲載する。滅多に人の行かないような地域に出かけていって住民にインタビューする。それはもはや個人でも出来るし、実際、やっている人が多くいる。プロもアマチュアも、インスタグラムやフェイスブックで美しい写真をたくさん掲載している。そんな中で、決して安くない「雑誌」という形態の商売がどこまで優位を保てるだろうか。単にコラムや写真を載せているだけでは新奇性はなく、食っていけない時代になってるのではないかと思う。

また、元々のナショジオの博物学的なスタイルも、中途半端さに繋がってしまっている気がする。
去年は海外に取材に行けなかったというのもあるのだろうが、コロナ特集やジェンダー特集の号もあって、別にそういうのはナショジオで読まなくてもいいというか、読みたくない内容だった。美しい写真がウリの雑誌だったと思っていたのだが、医療や科学分野、社会問題をメインにしてしまうと、写真のもつ力は発揮されないし、そういったテーマは他の雑誌のほうが得意だと思う。野生動物とか自然をメインテーマに据えたほうがまだ売れる気がする。

要するに、時代に合わせてスタイルを変えようとして失敗しているのが現状だと思うのだ。

特にリベラルっぽい思想やポリコレ臭のする記事が増えたのには辟易する。現地まで行って取材していても、「政治的な正しさ」でフィルタをかけてしまい、綺麗ごとしか述べられないのなら、その記事の面白さは半減だろう。それから政治的配慮があからさまなのもどうかと思う。エジプト革命の記事、過去20年分をまとめて読みなおすと分かってしまう中国特集の論調の変化、特に象牙の密輸に関する特集で象牙に発信機まで仕込んでルートを追っていたのに、目的地にたどり着く前で記事を切ってしまっているところなんかは幻滅する。(おそらく中国に辿り着くはずのルートだった) 政治的な配慮のしすぎで、いろいろ中途半端さが目立つようになったと感じる。


昔のナショジオは、今読み返しても面白い。
2008年あたりまでの号は、大半が手元に残したい号としてより分けられた。自分が興味のある秘境や遺跡の話が多いのもあるが、写真が目を引くのだ。もう一度、あの頃のようにワクワクする記事を載せてくれる雑誌に戻らないのかなあ…。と、昔からのファンの一人としては、少し残念に思ってしまう次第である。