エジプト・アビュドスで世界最古のビール醸造施設を発見!→最古じゃないです。

こないだ流れていたこのニュースだけど、最古ではないんですよね。
少なくとも、日本の発掘隊が発見してるやつのほうが少し古いし、その発掘報告会に出てたはずの関係者が誰もそのことに言及すらしてあげないのは…何なんだ…。

と、いうツッコミは置いといて、ここはマニア育成ブログですので粛々とお仕事していきますよ。
一般向けの記事だけだと全然情報足りてないので、背景とか色々補足することにする。

https://www.afpbb.com/articles/-/3331615
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●最初に抑えておくべきポイント: エジプトではビール生産の証拠は珍しくない

記事内にもあるとおり、遺跡の残りがよいエジプトでは、ビール工房やビール生産に関わる遺跡は多数見つかっている。
そのうちの一つが、アサヒビールが支援して発掘されたヒエラコンポリスの遺跡である。以下が論文。

古代エジプト文明最古のビール醸造址−その醸造方法と社会的機能を探る−
http://www.asahigroup-foundation.com/academic/support/pdf/report/2009/09.pdf

ヒエラコンポリスは古代エジプトの王朝文明始まりの地の一つで、かつては首都的な位置づけにあった場所とも考えられている。
そこで見つかった遺跡の年代は先王朝時代の紀元前3800 ~ 3600年頃とされ、まさに王朝が始まろうとしている直前の時代に、既に集中的な生産を指示できる、統率力のある何者かが存在したことの傍証にもなっている。

そしてビール工房の構造的にも、論文についている図を見れば判るとおりほぼ同じである。

なので、もし今回の発見を論文にして「世界最古のビール醸造工房」というタイトルで出したら、査読者にリジェクトされるはず。他に幾つか、それより古いとされる遺跡の論文が既に世に出ているので。


●ナルメル王の墓とお酒

今回の発見は、古代の王たちの墓の集まっているアビュドス地域で見つかっている。ヒエラコンポリスのものが生きた王たちのもの、こちらが死者の早々の儀式のためのもの、と考えられている理由はその土地柄にある。
そして実際、王たちの墓からは酒の大量生産が為されていたらしき証拠も見つかっている。

以前調べた以下の記事を参照してほしい。

もしかして: 古代エジプト初代王、めっちゃ酒飲みだった
https://55096962.at.webry.info/201805/article_23.html

アビュドスにあるナルメル王の墓からは多数の酒瓶が見つかっている。これはワイン壷で、ワインのほうがビールより高級という扱いだったので、王のために捧げられた高級酒という位置づけになるかと思う。また、見れば判るようにワインのほうも相当な量が墓に収められており、ビール醸造工房とは別に、おそらくワインを生産する工房もどこかにあったはず。

ただし、今回の発見では、醸造工房がどの王の時代に稼働していたのか断定することが難しい。時代が紀元前3000年ごろということなので有名なナルメル王を引き合いに出してきただけのように思われる。


●この施設がイケニエの儀式に使われた、という誤解

イケニエの儀式ってなんだよ、と思ったけど、いろいろ英語記事を探してみたらなんとなく理解した。
翻訳する時の単語のチョイスの問題かと思われる。

Archaeologists discover ancient beer factory in Egypt
https://edition.cnn.com/2021/02/14/middleeast/egypt-beer-factory-intl-hnk-scli-scn/index.html

"Previous excavations in the area had found evidence that beer was used during sacrificial rites."
→この sacrificial ritesをイケニエの儀式と翻訳してしまったんだろうけど、正しくは「殉死」だ。

古代エジプトでは、第一王朝の終わりまで殉死の習慣があり、多い王では数百人もの家臣を一緒に墓に収めている。
ほぼ同時期に亡くなったと考えられており、自然死ではない。
これも以前調べた記事があるので、そちらを参照。

古代エジプトの殉死の習慣についての情報とりまとめ。
https://55096962.at.webry.info/202008/article_17.html

この殉死者たちに酒を飲ませて酩酊させたのでは、とか、死ぬ前に酒盛りなど宴をやったのでは、という説があり、今回発見された施設は、その宴で使われるビールを提供していたかもしれない。というのが、ニュース記事の背景である。
ただし、その確証は取れておらず、あくまで「~かもしれない」になる。

こんな大規模なビール工房を、何十年かに一度えらい人が亡くなった時にだけ使っていたとは考えにくいので、おそらく毎年の先祖供養の儀式とか、毎月の祭日とかにも稼働としていたか、王家に雇われて墓周辺の警備をしている墓守たちへの支給品をまとめて作るためにも使われていたと思う。


欠けている情報を補足すると、だいたいこんなところだろうか。

貴重な発見ではあるか、エジプトでは珍しくないものだし、別に最古というわけでもない。ある意味、エジプトでは「ありふれた」ものである。しかしそんな発見でさえ、色んな不正確な要素を盛られて世紀の大発見の如き装いで出されるのはちょっとな。毎度のことながら、中の人はもにゅもにゅした渋い顔にならざるを得ない。