スラブ人が最初に使ったのはルーン文字! 定説を覆す! という話→スラブ人と判断した理由が微妙

ひとつ前に「定説を覆す」みたいな報道が出て来てもその場で信用するものではない、という話を書いた。
その続きでもある。

7世紀の牛の骨にルーン文字、古代スラブ文字文化の定説覆す
https://www.afpbb.com/articles/-/3331418?pid=23067003

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"これまでの学説では、ビザンツ帝国の修道士、聖キュリロス(St Cyril)が9世紀に生み出したグラゴール文字(キリル文字)が、古代スラブ人によって使用された最古の文字だとされていた。

 聖キュリロスが兄の聖メトディオス(St Methodius)と共に、現在のチェコ、スロバキア、ハンガリー全土とオーストリア、ドイツ、ポーランド、ウクライナ、バルカン諸国の一部にまたがる大モラビア帝国へと宣教に訪れたのは、863年のことだ。

 だが、2017年にチェコ南部で見つかった、文字の刻まれた牛のあばら骨を調査した国際研究で、グラゴール文字をめぐる仮説の誤りが証明された。この研究にはチェコの他、オーストリア、スイス、オーストラリアから研究者が参加した。

 折れた牛の骨に刻まれていた文字について、研究を率いたチェコ・ブルノ(Brno)にあるマサリク大学(Masaryk University)のイジー・マハチェク(Jiri Machacek)氏は、「古代スラブ人と共に発見された最古の銘刻文字だと判明した」と述べている。"


ひとつ前の記事で書いたことを思い出してもらいたい。
「突出した一事例だけをもって定説が覆ることはない」。

ぶっちゃけこの件は、土着のスラヴ人が使っていた壷と一緒にルーン文字の書かれたアルファベット帳の一部が見つかった、というだけの話である。壷だけで持ち主がスラヴ人と断定するのは乱暴すぎるし、そもそも一部のスラヴ人がゲルマン民族の文字を習っていたからといって、「スラヴ人はキリル文字以前に既に文字を使っていた!」と言っていいだろうか? 言えるわけがない。

それは、中国から漢字が到来する以前の日本で一部、独自の文字らしきものを使っていた日本人がいたとして、「日本には漢字以前に文字があった!」と主張するようなものである。
ルーン文字で記されたスラヴ人の歴史や文書も見つかっていない。文字を使っていた、と主張するにはあまりに乏しい証拠である。

そして当時のスラヴ人にとって、ルーン文字を使っていたゲルマン民族は、近しい隣人であった。



前提知識として、最初にチェコのあたりに暮らしていたのはケルト系民族であるとされる。スラヴ人はそのあと、7-8世紀ごろに移住してきた。スラヴ人が移住してきた頃にドナウ川上流にいたのはゲルマン系の諸部族である。実はこの発見のあったlaniという場所は、ゲルマン語碑文の見つかっている場所の南端に近く、ゲルマン部族の勢力圏とある程度重なった場所になっている。

詳しい図以下にある。

Ancient Bone Sheds Light on Slav Alphabet History
https://www.courthousenews.com/ancient-bone-sheds-light-on-slav-alphabet-history/

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↑黄色い●のついているところが発見場所。
これだと、お隣さんが使ってる文字を習ってみたスラヴ人がいても別に不思議はない。というかスラヴ人だってお隣のゲルマン人と何か取引くらいするだろうし、一部は婚姻関係もあったりしたのでは。

スラヴ人の世界では、その後キリスト教が布教されるさいに文字が無かったことは今のところ確定している。
ということは、現時点では、ルーン文字を学んでいた人がいても、それが継承されることも一般化することもなかったと判断するしかない。ただ、全く文字を知らなかったわけではなく、お隣さんの影響で文字という概念に触れていた人がいた可能性がある、くらいまでは言えると思う。



…という感じで、「定説を覆す」のフレーズは片っ端から疑ってかかっていいです。
何か怪しいぞ、疑え、大元のソースを探せ! という合図みたいなもんです。