古代世界の筆跡鑑定~ユダ王国の識字率と、残る文字/消えてしまう文字

現代は、日本含め多くのいわゆる先進国においては識字率は99%、人類史上過去を見ないほどみんな読み書きができる世界になっている。
しかし古代世界においては、識字率は高くて数%、少なければ1%を切る。ともされる。

古代エジプトのように人口の多い国であれば1%でもけっこうな人数である。
ピラミッドを作っていた頃の人口は、説により50万人くらいから100万人くらいと大いに幅があるが、それだけいれば1%でも5000人~1万人。官僚機構を作れるだけの母集団が存在する。

しかし人口の少ない国/文化圏だと、そもそも文字を伝承していくのに最低限の人数しか確保できない。
北欧のルーン文字などは、ある地域の出土品のルーンがぜんぶ同じ間違いをしていて、おそらく一人の手によるものだろうと推測されていたりして、最大でも数百人ほどしか書き手がいなかった説がある。

識字率のパーセンテージは、単純に%ではなく、人数で考えたほうがいい。――


と、いうわけで本題に入ると、今回はユダ王国で文字を扱っていた人々の人数の話である。
これは、紀元前7世紀(2700年前)のユダ王国で、ヘブライ語を読み書き出来ていた人がどのくらい存在したのか、という研究。

Reading, Writing, and Algorithms
https://www.archaeology.org/issues/409-2101/digs/9284-digs-israel-hebrew-literacy
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この研究は、テル・アラドという要塞で見つかった遺物から、それを書いているのが何人くらいかを研究している。
数十人しかいない砦ながら4~7人の筆跡があるとのことで、識字率の高い施設だったようだ。

また、現代でも使われている筆跡鑑定の技術を古代の文字に適応する試みもあり、それによればコレクションに含まれる筆跡は12人ぶんだとか。
そのため、「想定されていたより識字率が高かった」という結論になっている。

ただし、当時のユダ王国の人口は約10万人である。
その中に子供も含まれるわけで、成人で計算すると、識字率が高かったと想定しても、数百人しか文字を読み書きできる人がいない。

つまり、先述のテル・アラドにそのうち10人くらいいて、砦ごと壊滅したとすると、読み書きできる人の0.5割くらいが一気に失われる計算に。わりとシャレにならない。けっこうギリギリで文化の伝承をしてたことになると思う。


記事の中には旧約聖書についての言及もあるが、ユダ王国はこのあと滅ぼされてバビロン捕囚の時代になる。
文字の読み書きができるような人たちは根こそぎ捕囚されてしまう。旧約の大元が出来たのはバビロン捕囚の時代だったと考えられているので、今回研究されている人たちのうちの幾らかかは、実際に旧約の初期のテスキトを書くのに関わってた可能性がある。


しかしなあ、「多くて」数百人…。
何となくそんな気はしてたけど、古代世界のテキストって、現代人が思うよりはるかに少ない人数で、限界ジャンルの零細サークルの出してる同人誌みたいなノリで作られてたんだよな…って…。


ユダ王国が滅びても、ヘブライ語とヘブライ語テスキトは現代まで生き残った。
けれどエトルリアは、主権を失ったのちエトルリア文字とエトルリア語テキストをあっという間に失ってしまう。

人数が多かったはずの楔方文字の筆写者も、古代エジプト語も、のちの世には消えてしまう。

命脈を保った文字と、失われてしまった多くの文字。それは単純に担い手の人数ではなく、運やその他の理由も絡むんだろうな、と、改めてしみじみと思った。