洗濯女、という職業は実は近代ならではのものなのでは…という話 & 古代人の洗濯事情

「洗濯女」というと、絵の題材にもなっていることから何となく女性の職業のようなイメージを抱きがちだが、実は古代エジプトには、実は古くから洗濯人という専門の職業がいた。そして、古代の洗濯人は重労働であることから、男性であることが多かったようだ。

という話をしたいと思う。


絵画で「洗濯女」をテーマにしたものは、たとえばこのへんがある。

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どれも有名な名画なので、どこかで見たことがあるという人も多いと思う。このイメージと、近代における「家事といえば女性」というイメージから、洗濯をする人=女性、と認識されがちなのだが、古代世界では必ずしもそうではなかった。

記録がよく残っている古代エジプトでは、壁画に出て来る洗濯人はほぼ男性である。
たとえばこちらは、第19王朝のイプィ(Ipy)さんの墓の壁画。

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どうやって洗濯をするかというと、古代における石鹸がわりの物質である植物油などを入れた桶の中で揉み洗い、棒を使って搾り、広げて皺を伸ばすために叩いて、干す。

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水道など当然ないので。水は壺で川からくみ上げる。とても大変な、重労働だったことがわかる。
また、中王国時代に成立したとされる「ドゥアケティの訓戒」では、ドゥアケティが息子に対し「世の中における様々な職業は辛いものだから、学校でよく勉強していい職につくように」と諭す中で、洗濯人の辛さについても述べている。

"洗濯屋は河岸で、ワニの近くにいて洗い物をする。
「私は流れる水から出て行きます、お父さん」と、息子と娘は言う。
「私がかのどんな職業よりもしあわせを感じる職業に」と。
食べ物には汚物がまじっており、その体にはきれいなところはない。
しかも月のもののある婦人の着物も濯(すす)ぐのだ。
タタキ棒を持ち、石の側で日を過ごしては涙を流す。
「汚れものを洗って、持ってきてくれ」と人びとは彼に向かって言う。「縁からもうあふれだしているぞ」と。

(「古代オリエント集」より)"


よほど辛い職業だったようで、子供たちはその職を継ぎたがらない。日々洗濯に追われ自分の体を洗う暇もなく、女性の月経で汚れたものまで洗う羽目になる。という内容だ。ここでも、息子に対して語っているので、息子に「洗濯人になるな」という意味で、男性の洗濯人が一般的だったと判る。

重たい洗い物を運ぶのも、搾るなどの力仕事も、男性がやったほうが効率的というのは古代世界ならではの考え方だろう。
ここから考えるに、近代に洗濯が女性の仕事の一つになったのは、洗濯が古代に比べて楽になったからではないか? と思うのだ。

洗濯機の無い時代の手洗いはキツかった、とはよく言われる。しかし、古代に比べればはるかに楽なのだ。第一、石鹸や洗い粉がお店で買える。そして洗濯板があり、井戸や水道から水が出る。
そもそも古代には、石鹸のような汚れを効率的に落とせる物質がまだ未開発で、洗濯板もなければ、水を汲むのに川べりまで降りる必要があったのだ。(そしてエジプトでは川辺に吸血虫やワニやカバがいる。命がけ…。) 「大変」のレベルが全然違う。

今回は古代の資料が沢山残る古代エジプトだけの話なので、もしかしたら他の文化圏では事情は違うかかもしれない。
しかしある一つの可能性として、女性に洗濯をやらせるのは男尊女卑だ、ではなく、時代が進むと非力な女性でさえも効率的に洗濯が出来るようになった、と見ることも、出来るのかもしれない。