古代の情報伝達速度はどのくらい? 古代エジプトの年代換算にまつわるちょっとした疑問

古代エジプトの年代は、西暦のようにカウントを重ねていくやり方ではなく「xx王の即位〇年」という形式で表現される。
王が亡くなると、次の王の即位年としてカウントしはじめる。

ここで気になるのは、王が崩御した、という情報は、どのくらいの早さで伝わるのか、ということ。
伝わるのが遅ければ、伝わるまでの間は前の王の治世でカウントされ続けるのでは…つまり時差が生まれるのでは…という疑問だ。

例)

*紀元前2000年

王Aが治世30年目に死亡
王Bが即位

首都>この情報をリアルタイムに受け取る
僻地>この情報を半年後に受け取る

→紀元前2001年の遺物は「王Bの即位1年目」と「王Aの即位31年目」の二種類になる


これが問題になってくるのは、より長い治世の証拠が見つかったことにより、従来の説より即位年が延びるケースだ。
たとえばクフ王は、治世24年と言われていたのが、近年になって27年と書かれた遺物が見つかって治世が延びた。しかし遺物が見つかった場所がけっこうな僻地。単に情報伝わるの遅かった可能性は無いんだろうか…。

古代世界だと、シナイ半島や紅海沿岸、沙漠の中のオアシス、南の果てのヌビアなどの僻地には、情報の伝達はどんなに速くても数カ月はかかったのではないかと思うのだ。「王が亡くなったらしい」までは伝わっても、次の王の名前が判るまでは次の王の即位年をカウント出来ない。ヘタすれば書類の記載を切り替えるのに年単位のタイムラグがある可能性が出てくる。そうなると、果たして本当に「即位〇年」の記述だけで即位年を判断していいものかどうか…。

これは、会社の備品に貼られた減価償却用のシールに「平成32年まで」とか書かれていた時に思い立って、微妙に気になり続けていた問題だ。
平成32年が存在しないことは、今を生きている我々なら知っている。でも、数千年後の未来を生きる人たちはどうなんだろうか…。


また、即位年の途中で亡くなった場合に、かぶっている年がどうカウントされるのかも気になるところだ。
昭和64年は1月7日に終わる。そして平成元年が始まる。これをエジプト風に言うと、「昭和王の即位64年目」「平成王の即位1年目」が同じ年、という状態だ。
本来は最初の1年と最後の1年は別の王の即位年と被っていなくてはならない。しかし今のエジプト年表を見ると、そうはなっていない。たとえば、ツタンカーメンの治世は紀元前1336年(※数年ズレることもある)に終わり、次のアイ王は紀元前1337年に即位したことになっているのである…。

「〇〇王は紀元前xx年に即位していた」という年代全般がそもそも怪しいのでは…と思う理由が、このへんにある。

ペルシアの暦と付き合わせできる時代より前は絶対年を算出する起点がなくて、「xx王の即位〇年」という情報をひたすら繋げてアタリをつけているだけという感じ。ピースの欠けまくったバズルをなんとなく組んでみた感じで、古王国時代ともなれば100年単位でズレてる可能性があると言われるが、本当にそうだよなと思う。なんか…記録はあるんだけど、記録があっても判らんよこれ…。