コロナ対策での各国の対応がバラバラなのは、実は生物として正しい…という話。

せいぞーん
せんりゃーく!

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というのは置いといて、昨年は年明け早々に「中国で新型肺炎が発生」というニュースから始まった。そしてあれよという間に問題のウィルスは全世界に広がり、多数の死者を出しつつ今に至る。対策は判っているのに実行できない。情報はあるのに理解できない人も多い。グローバリゼーョンとか言われつつ各国の対応はバラバラでEUのような纏まり内ですら協力しあえない。

21世紀にもなって人類こんなもんかぁ…と、悲観的に捉えている人も多かった気がするのだが、実は人類という種の対応としては、これでいい。

何故なら相手は未知のウィルスだからである。そして未来はまだ確定していないからだ。
「現時点での」有効な手段は判っていても、それが正しい選択はどうかは、誰にも判らない。

歴史を学んだことのある人ならよく知っているだろう、その時点では最善と思われた選択が、不可避の大失敗に繋がり、百年後とか二百年後まだ尾を引くなんて珍しくないことを…。
(例; フランス革命)

よって、人類が将来にわたり生存するためには、出来得る限り多くの選択肢を試しておくのがよい。

もしかしたら、全く死者を出さずに乗り切るかわり、高齢化社会の重圧が増し、結果としてその集団は衰退へ向かうかもしれない。
もしかしたら、多数の死者を出す代わり、その中から将来におけるウィルス免疫力高めの新人類が誕生するかもしれない。

状況は半年もあれば変わってしまう。中国のような強権社会では、疾病の発生が隠蔽されるために致命傷になる。
しかし同時に、疾病に対しても、国家による行動統制が出来るため対応が早かった。

逆に民主主義的な社会では、おそらく新種の疾病が発生したことを隠蔽することができないので、初動で抑え込めていたかもしれない。
しかしもし気づかずに拡散してしまった場合は、国家による行動統制は難しいため対応が不完全になることも明らかになった。


今回は、「未知の脅威」に対して、全世界に散らばった人類という種がいかに多くの選択肢を試せるか、という、種の可能性を示した巨大な生存実験でもあると思う。

もし一部の国や地域が対応に失敗して壊滅しても、他の国や地域が生き残っていれば、「種族の生存戦略としては」成功なのである。
誰かが代表して「この案で行きましょう」と出したものに皆が右へ倣えで従うようでは、人類の未来は暗い。現に、初期のWHOの指示はだいたい間違っていた。従っていたらもっとひどい状況になっていた可能性もある。

何が正解か判らないのであれば、試せるものは全部試すしかない。
答え合わせは、五十年後くらいには出来るのではないだろうか。


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人類の生存戦略として、今回見ていて面白かったのは以下のような部分だ。
見ていると、いま生き残っている人たちが生き残った理由って、「偶然」が重なった結果なんだよなぁ…という感じ。絶対的な正解なんて無いんだよね、この世界には…。


・重症化しやすい基礎疾患がある

人類の歴史は飢餓との戦いだった。そのため人体は基本的にエネルギーの蓄積に特化していて、かつては脂肪を溜めやすい遺伝子のほうが生存に有利だった時代もある。しかし今回のウィルスでは、糖尿病や肥満は重症化リスクを高めるものになっていて、かつては生存に有利だった因子が不利に働くようになっている。


・都市部ほどウィルスに弱い

これはペストの時代からさんざん言われ続けていることだが、人間が生きることに最適化された、普段であれば生きやすい空間である「都市」は、疾病に弱い。都市部ほど死亡者が出る。生存のために作られた空間が、生存を危うくするという皮肉。


・ロックダウンをするか、しないか

人の動きを止めれば、いちおうウィルスの拡散も止まるが、経済ダメージが大きい。結果的に、経済起因で人命が失われる可能性がある。どの程度やるかのさじ加減が各国ごとに異なっている。
また、キャリアとなりやすいのは若い世代であることから、人の動きを止めて感染率を下げるか、敢えて動かして若い世代を中心に免疫を持つ人を増やすかで、各国の対応が大きく判れた。


・人との距離

日本などはハグも握手も一般的でなく、態度が冷たいとかフレンドリーじゃないとか言われることもあったが、実はそのほうが疾病には強かった。