パラカスのユルい地上絵がナスカ文化で変化する一つの可能性:トパラ文化の影響

トパラ(topará)文化とは、パラカス文化の終わりごろに北のアンデス山脈のほうから降りて来て、近くで同居することになる移住者の文化だ。(と言っても、パラカス文化の担い手もどこかの段階で移住はしてきているのだが)

トパラ渓谷~チンチャ渓谷を中心に暮らしたことから、この名前がつけられた。かつてはパラカス文化の一部とされいたものが、最近ではトパラ文化のものだと分類しなおされているケースも多い。
具体的に言うと、かつてパラカス文化のものとされてきた、ペルーの考古学者フリオ・C・テッロが発見した「パラカス・ネクロポリス」は実はトパラ文化のものであり、死者の町(ネクロポリス)でもなかったことが判って来ている。

アンデスから降りてきた彼らには、リャマやビクーニャを飼育する技術があり、どうやら、のちのインカでも見られるような頭骨変形の風習があったらしい。これは高い身分にある人が子供の頃から頭に固い布を巻いて、頭蓋骨を細く伸ばすという風習である。

そして最近では、パラカス→ナスカへの文化の変遷の途上に、このトパラの影響を置くようになってきている。
パラカス文化の担い手たちは、後からやって来たトパラ文化の人々と頻繁に衝突していたようで、遺物の中に武器や傷ついた人骨など、戦争の痕跡が見つかっている。異文化の衝突が、のちのナスカに見られる芸術様式の変化をもたらす原動力となっていったのかもしれない、という。

ただ、この説がわりと最近出て来た話なので、調べてもあんまり情報が無い…。

年表で書くと、トパラ文化の位置づけはこのあたり。まさに時代の転換期だし、トパラ文化の遺物は設計がキッチリしててナスカに近いものが多いので、影響を与えた説はありそうだなと思う。

topa.PNG

トパラ文化の代表的な織物。
几帳面な設計。

Paracas_mantle,_BM.jpg

場所的なもの
隣接してるので、別文化だと気が付かなければどっちの遺跡なのかは分からんだろうなそりゃ…

topa2.PNG

地上絵の研究と同時にこのあたりも進んでいるから、今後が楽しみだね!
ほんとねー考古学の本なんて10年もすりゃぁガラっと書き換わるから、ロマンや神秘で判った気になってる場合じゃないのですよ…置いて行かれないようについていくの大変ですよ…。
もしかしたらそのうち、「地上絵は最初は異文化の人を威圧するためだった」とかいう説も出て来るかもしれないね。


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最近のやつ

新しく見つかったナスカの地上絵のネコがヘタ過ぎると話題に…ヘタ言うな、ヘタウマ目指してた時代なんやぞ!!
https://55096962.at.webry.info/202010/article_16.html

意外と知られていない「ナスカの地上絵」の最近の事情。2016年に世界遺産としても名称変更されてますよー
https://55096962.at.webry.info/202010/article_19.html