エチオピア版日本書記、「ケブラ・ナガスト」の邦訳版を読んでみた

新刊でいいの出てるじゃないですかぁー! ということで早速買って来た。
専門書なのでちょっとお値段は張るけど解説めっちゃついてるし表紙が布で持ちやすいサイズだしこれはいい本。翻訳と解説のバランス大事。

ケブラ・ナガスト: 聖櫃の将来とエチオピアの栄光 (904) (東洋文庫 904) - 蔀 勇造
ケブラ・ナガスト: 聖櫃の将来とエチオピアの栄光 (904) (東洋文庫 904) - 蔀 勇造

これが何かというと、日本でも知名度はそこそこあるだろうシバの女王伝説のソースになっている本である。
エチオピアの女王マケダがソロモン王のもとへ知恵試しに行き、王に気に入られて男児を懐妊、その子が父の元から聖櫃を運び出してエチオピアへ持って来て、エチオピア王家の祖となった…という伝説は、この本から始まった。20世紀半ばにエチオピア王政が倒れるまでは、エチオピアの正式な歴史であり、王たちは「ソロモンの末裔たる万世一系」と名乗っていた。

この本では、旧約聖書における天地創造の話から始まって、ソロモンに至るまでの「正当なる王の血統」を記している。ソロモンから先はよく知られているとおり女王マケダ、その子メネリクへと通じる。「王たちの栄光」という、この本のタイトルの元になっている部分だ

※エチオピアにおける王は戦前の日本における天皇家の扱いと類似していることが分かると思う。その意味で、この本は、神から続く天皇家の家系を伝承する日本書記とよく似たポジションだと思う。



が、大元になってるのが旧約聖書なので、ある意味で旧約聖書の別バージョンのようでもある。
馴染みのあるエピソードや記述を組み合わせているのだが、ちょいちょい、面白いローカライズもされている。たとえば良く知られている「食べていいものと悪いもの」、清浄な食べ物と不浄な食べ物に関する記述は、こうなっている。

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「割れた蹄をもつもの、反芻するものは食べてよい。」ここまでは見覚えのある記述だが、そこから先の具体例の中に「ガゼル・アンテロープ・キリン」など、アフリカならではの生き物が続く。キリン食べるんだ…。さらに食べてはいけないものの中に、豚と並んでハイエナとある。なぜなんだ…ハイエナはダメでリカオンは良いとかそういうのあるの…。


また、メネリクが即位した後に続く物語も意外と面白かった。
めっちゃユダヤ人を攻撃してる。
「契約の箱はうちに来たんだから神はイスラエルをお見捨てになった」「ユダヤ人は間違った信仰のもとにいる」「ローマとアレキサンドリアとエチオピア(ともに古くからのキリスト教国)によってユダヤ人どもは滅ぼされるだろう」などと、過激な表現が続く。この書が、イエメンのユダヤ教徒を攻撃していた時代に書かれたのでは、と言われるゆえんだ。

この本が最終的な形になったのは13世紀以降だとされているが、それ以前に大元になる本はあり、著者は、南アラビアがまだエチオピアの支配下にあった6世紀には成立していたのではと考えているようだ。また、当初はアクスム王国の王カレブを讃える意図があったのではないか、とも。アクスム王国は現在のエチオピア北部アクスムに本拠地を置いていた王国で、聖櫃をまつる「シオンのマリア教会」もそこにある。歴史の筋書きとしては確かにありそうな話だ。

全体を通してみると、聖書を元にしたエチオピア版建国神話、といった感じで、史実を各所に散りばめつつもいい感じに神秘的な雰囲気を残した書物になっている。聖書マニアは標準的な聖書との差分を探してみるもよし、アフリカ文明マニアは「アフリカってエジプト以外は文明ないんでしょ」とか言いだす人の鼻先に突き出すために使ってもよし、エジプトマニアは随所に出て来るエジプトネタを拾って楽しむもよし。読みやすい文体で解説もたくさん入っているので、気軽に読める本になっていると思う。


いやー、にしてもこんなマイナーな書物が邦訳で読める日が来るとはなあ…。
日本はほんと、出版事情が恵まれてると思うのですよ。色んな本が出てる。日本人がなんで英語だめなのかって、日本語だけでもそれなりに情報集まるからじゃないかと思うんですよ…。


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過去記事

エチオピアの神話時代と歴史の境目。歴史の流れをまとめてみた
https://55096962.at.webry.info/201901/article_3.html

エチオピア北部の現地体験談
https://55096962.at.webry.info/201905/article_6.html