騎馬民族の中でもあんまり情報の出てこない「大月氏」の資料とか

スキタイとかフンとか匈奴はちょくちょく本を見かけるけど、そういや大月氏って本見たの初めてだな…というわけでちょっと読んでみた。
匈奴や漢の話してる本でいつも西の端っこのほうに書かれてる、ちょっと切ない感じの騎馬民族。アジア系では、と大雑把に言われるけれど、アジアのどのへんがルーツなのかなど詳細が不明なのだが、この本ではある程度は自説によって結論を出している。(ただし現時点では仮説)

大月氏―中央アジアに謎の民族を尋ねて (東方選書 38) - 小谷 仲男
大月氏―中央アジアに謎の民族を尋ねて (東方選書 38) - 小谷 仲男

主張のざっくりとした概要は巻末に載っている地図で掴むことが出来る。

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まず大きなところとして、大月氏のホームランドはもともとアラル海のあたりだったという推測がある。そこから東へ向かって進出してきたが、匈奴と戦って負けたので東方からは手を引く。つまり匈奴に負けて西へ逃げたのではなく、ただ進出先から引き揚げただけ、という考え方である。のちのフン族による民族大移動のイメージから、騎馬民族の移動は東→西の流れがイメージされやすいのだが、逆に西→東へ進出していく流れももちろんあったはずなので、この説明はすっきりする。
その後、西方で再び勢力を拡大していき、一部がインドにも侵入する。クシャン帝国は月氏に属した一部が築いたものだろう、という。
そしてこの本では、サカ=スキタイも月氏だったはずとしている。
そうすると、情報がないと言われていた大月氏とは、実は別の名前では各種の史実として記録に残されていることになる。

このへんの推測を、文献だけでなく最近の考古学的な発見から裏付けようとしていく内容になっている。

大筋では正しそうな気もするが、中央アジアはそこまで詳しくないので批判的に読める知識に欠いている。
ただ、前提として、おそらくこの時代の民族意識は、現代ほどがっちりしたものではないだろうと思っている。似たような言語・文化を持つ。いくつもの集団が、その時々に応じて集合離散していたのが実態ではないかと思うのだ。

だから、たとえば、サカ族と月氏は実際には別々の場所に暮らしていたけれど、似たような言語や文化を持っていたので混じり合うことも出来たし、分離して別の部族名を名乗ったり、戻って合流したりといったことが流動的に行われていた可能性もある。そうすると、民族の実体とか、その集団を何という名前で呼ぶかとかは、あまり重要なものではなくなる。というか考古学的な資料からもおそらく見分けはつかないだろう。実体は変らないのに、自称が増えたり減ったりして文献資料も混乱するだけだ。

これはフン族の研究で見かけた見解だが、そもそものオリジナルのフン族が何者だったかが全然分からない。
西方に進出してくる途中で、様々な部族を支配下に置き、取り込んでいくからだ。記録に残っている人物名を見て「テュルク系に近いかな」と推測してみたり、フン族のものとされる遺物を見ながら「バイカル湖あたりに似たものがあるな」とホームランドを推測してみたりする程度しか出来ない。移動しながら居住地を移していく騎馬民族は、定住地を持たないぶん他の人々と混ざりやすいし、国という固定領域に縛られたアイデンティティでは研究出来ないのではないかと思っている。

その意味で、彼らの歴史の始まりと終わりは、どれだけ研究されても分からないような気がしている。


***

この本の中には、かつて大月氏が暮らしていたあたりの遺跡巡りや、そのあたりから出土したものの話もあって面白かった。
むかしアフガニスタン展で見た発掘品の話も出て来たし、バクトリア王国の話をする時に必ず出てくるアイ・ハヌムについても説明があった。文章が読みやすく、概要書としても分かりやすかったので、あまり知識がない人でもとっつきやすい本になっていると思う。

同時代の他の民族の本と付き合わせて読んでみるのも面白そうだ。