フランスで破壊されたマグダラのマリア像、実はめちゃくちゃ伝統に沿っていた

少し前にあった、この話。

ちょっと意味が分からない…。フランス南東部でマグダラのマリア像が破壊される
https://55096962.at.webry.info/202008/article_20.html

この像自体はわりと最近作られた、作者不明のもののようなので、古美術的な価値などはおそらくほぼ無い。が、髪の毛で体を隠したマグダラのマリアなんてよく見るよな? 何でこれが引っかかったんだ? と不思議に思ったので、ちょっと調べてみた。
ちょうどいい本があるんですよね…マグダラのマリアの美術表現に関する本が…。
日本語の本ほんと色々あって助かる。めちゃくちゃ出版事情のいい国ですよここ。

マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女 (中公新書) - 岡田温司
マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女 (中公新書) - 岡田温司

この本によると、マグダラのマリアが「長い髪の毛」を持つ「元売春婦」としてイメージされていくには、歴史があるのだという。

そもそもの原典である旧約聖書には、マリアが売春婦だったとは実は書かれていない。ただイエスに七つの霊を追い出してもらった、と書かれているだけである。長い髪の毛でイエスの足を拭った「罪深い女」との結び付けと、かつて存在した「売春婦=罪深い女」というイメージ、さらに、実際に売春婦から改悛して沙漠で修道女となった「エジプトのマリア」という聖人とのイメージの集合体が、「長い髪を持つ」「元売春婦という罪を持つ」マグダラのマリア、であるという。

マグダラのマリアとエジプトのマリアのイメージは14世紀には合体し、それ以降は、長い髪の毛で体を覆ったマグダラのマリア像が流行となる。天使よにって空中浮遊するというモチーフも既に存在している。よく似た構図、表現方法の絵画はけっこうあって、たとえばこれなんかは壊された像とほぼ同じというか、おっぱいまで見えちゃっててもっとなまめかしい。腰布はいちおう巻いてるけど、むっちりした太ももがかなり露わなので、聖女の聖性と同時に女性としてのエロスも内包している。

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しかし、マグダラのマリアがエロティックすぎるのは、やっぱり教会からすると不適切なのである。
トレント公会議(1563年)以降のヨーロッバでは、教会は宗教画が「適正」であるかどうかにひどく神経質になり、カラバッジョなど教会に発注された絵を「俗すぎる」と受け取り拒否されている。(だったらカラバッジョに発注するなよ、という話だが)

16世紀後半からの、「マグダラのマリアが売春婦っぽすぎるのはダメ! 女性の魅力前面に出すのはNG!」という厳しさは、奇しくも現代人の一部が持つ、「聖人像が性的に表現をされるのはNG」という視点と同じである。



というわけで、この像のデザインが気に入らないと壊した人は、単に美術史を知らなかった無知な人か、16世紀後半の「適正な」聖人表現と表現規制を踏襲した伝統重視の過激派か、どちらかではないかと思われる。どちらにも共通するのは「俺の知っているこのルールこそ正義」という視野の狭さ、なのだが。

あまりに"伝統的"すぎる表現だったマリア像が、その時代に"伝統的"だった検閲によって打ち壊されたのであれば、ある意味で、壊されることによって16世紀後半~17世紀の空気感の再現を完了した作品でもあったのかもしれない。