中世エジプトのナイルの灌漑方法の意味が分かった…

古代エジプトの農業がどのように行われていたかの記録はさすがに残っていないのだが、コプト暦が使われていた時代の文書は多少残っている。
そこに出てくる、以下の記述の意味が、スーダンの洪水を見ていて分かったぞ…。

"トウト月にはナイルの増水は止まり、エジプトの土地に一通り水が行き渡る。増水したら、どの村でも灌漑水路から水を土地へと流し込むのである。すると、この月の終わりまで(水は)増えず減らずのままである。17日には、まだ開けていなかった灌漑水路を開ける。そしてジスル(土手)を護るための土盛りの準備をする。"

*「中世エジプトの土地制度とナイル灌漑」より


コプト暦の「トウト月」とは、古代エジプトの神トト神に由来する月名で、第一月=コプト暦では9/11からスタート、である。
トウト月の17日はサリーブ(十字架)の日のこと。
つまり、「ナイルの増水は9月にピークを迎え、9月末には全ての水路を開く。10月には水が引き始める」という話をしているのだ。

ジスル(土手)とは、日本で言うところの「田んぼのあぜ」のこと。畑を一定範囲ごとに区切って、そこに水を入れる。
灌漑農法というのは農地に水を張って塩分を下げ、次の作付け前に水分を行き渡らせることが目的なので、しばらく水を張っておいて、次の作付けの開始前にちょうど水が引くように調整するのが大事だ。12世紀の気候と現在の気候が完全に一致するかどうかは不明だが、今年のスーダンのナイル増水を見ていると、それほど外れていないのではないかと思う。

現在のエジプトにおけるナイルの増水は、上流で雨季が開始される7月半ばごろに始まる。
そして最大水位は8月末~9月になる。
これは知識として知ってはいたが、今年のスーダンの川の水位を見ていると、実際に耕作地が隠れるほどの水位になるのは8月半ば~9月半ばだと思う。その頃に「水路を掃除して開ける」「土手を補強する」という作業が入って来ることや、日本の水田で水入れの時期が忙しいことを考えると、灌漑って実はめちゃくちゃ人手がかかるな…? という感じだ。いや、だからこそ、農村部は家族や横の繋がりを大事にして、皆で協力して農業してたんだろうけど。

というわけで、エジプト人の民族アイデンティティや国としての結束には、もしかしたら「国民の大半が農民」という要素も絡んでいるのでは、と、ふと思った。ナイル渓谷に暮らす人々は、皆で協力して短期間に労働力を集中させなければ、ごはん食べられなかったのだ。
その下地になったものの中に、歴史紀初期のピラミッド建設のような「みんなででっかいもの作るぞ!」的な国家プロジェクトも、入っているのかもしれない。




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