古代エジプトでナイルの増水が起きないと飢饉が起きる? 検討してみたけど、多分起きない…

【前提知識】
古代エジプトは灌漑農法をしていた地域である。
灌漑とは、水路で畑に水を引く農法。雨が降らない国なので、畑作ろうとしても雨には頼れないからだ。雨に頼る天水農法に比べ、水路を作って管理する手間がかかるのだが、その年ごとの雨量に左右されず、比較的安定した水の確保が出来るという利点がある。

そして、暑い地域なので畑はほっとくとガンガン水が蒸発して、地下から塩分が上がってきてしまう。
土中の塩分濃度が上がると小麦などの農作物が育たたなくなってしまう。そこで、休耕中には畑に水を入れ、上から染み込ませた水分で塩分が上がってこないようにする必要がある。もし、畑に入れた水が少なかったり、期間が短すぎたりすると、十分に水が浸透せず、土地に塩分が混じって塩害化してしまう。そうなると収穫量が減っていくのである。

【問題】
エジプトでは、この畑の休耕期間にナイルの増水がおきる。川が増水すると、あふれた分の水が畑に入って畑がいい感じに水に浸される。
しかし増水が少ないと、畑のつかり具合が不十分になってしまう。
ということは、ナイルの増水が少ない年は、作物の出来が少なかったのだろうか…?
そして、飢饉が起きるほど収穫量が減ることがあっただろうか…?


【推測】
答えは、中王国時代までは「そういうこともあった」だと思う。
しかし中王国時代以降は、ナイルの増水が不十分な年が多少続いたとしても、飢饉にまでは至らなかったはずだ。

何故かというと、灌漑水路の整備と開墾が進むのがそのくらい時代だから、だ。

川べりの畑なら、川が増水した時に自然に水に浸かる。しかし川から離れたところの畑でも、水路作って人工的に水を流せば畑に水を入れることは出来るのだ。そして、ナイルの水は枯れることがないため、増水している/していないは、実はあまり関係ない。水路があれば、いつでも水は流せる。
近代においては、そうした水路を使った農業を「ベイスン灌漑」と呼ぶ。

そして新王国時代になると、シャドゥフという効率的に揚水の出来るつるべ装置が開発される。ちょっと人手はかかるのだが、時代によって灌漑技術が発達していくことによって、ナイルの水位の変化くらいでは壊滅的な収穫状況に陥ることは少なくなっていったはずだ。というかそもそも、一年や二年、水が足りなかったくらいで、畑の塩害化がそんなに深刻化することはないはずだというのもある。


古代エジプトの飢饉の記録といえば、アスワンにある「飢饉の碑文」が有名だ。
これは第三王朝の頃のものとされ、ナイルの増水が不十分な年が七年続いたとされている。キリが良すぎる数字なので、本当に七年キッチリだったかどうかは分からないが、七年も続けば確かに収穫量は減るかなぁと思う。また、第三王朝だと開発されている灌漑技術が少なく、のちに穀倉地帯となるファイユームの干拓も進んでいなかったはずなので、飢饉が起きたという記録は頷ける。


【じゃあなんでナイルの増水にこだわったのか】
しかし実際には、ナイルの水位を測るナイロメーターがあちこちに設置されていたり、ナイルの増水を神に祈ったりと、めちゃくちゃ気にしていた形跡がある。飢饉が起きるほどでもないのに、余るくらい収穫あるなら別にこだわらなくていいんじゃないの?
…そうじゃないのだ。 穀物生産量=国家のお会計 なのだ。

端的に言うと、こういうこと。

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一人が穀物1を消費するとして、いつもは10人の農民で100の収入がある場合、残り90は食べる以外の用途に使えるんである。
たとえば、

・王や神官をたてる
・農民以外の専門技術職を設定して何か作らせる
・外国と交易して威信財や自国内で清算できないものを輸入する
・軍事用に備蓄

など。
それが50しか収入がなくなると、残りは40しかないので使える分が半減してしまう。

古代エジプト文明は、この余剰分を使って文明を発展させてきた。
でっかいピラミッドを作った労働者たちは、畑仕事はしていない。彼らのごはんは、農民が作った余剰から税金として回収された分である。
ツタンカーメンの黄金の仮面を作った職人たちのごはんもそうだし、遠方から金や宝石を採掘・輸入するための資金にも、農民が作った余剰から税金として回収された穀物が使われている。
天文観測をしている学者のにも、船乗りを雇ってアフリカ周航をさせるのにも。

つまり、たとえ飢饉が起きなくても、収穫量が減る=文明を維持する余裕がなくなる という深刻な問題につながる可能性があるわけだ。



古代において、エジプトはおそらく、周辺国よりはるかに気候変動に対するキャパが大きかった。
多少の天候不順があっても飢饉までいかず、わー税収減ったどうしようー くらいで済むことが多かったのではないだろうか。いつの時代にも大量の餓死者が出たような形跡が見受けられず、周辺から人が流入し続けていた痕跡からしてそう思う。

気候変動と文明の繁栄・衰退に関する研究は最近たくさん出て来ているから、このへんもそのうち具体的なデータが出てくるんだろうなぁと思いながら眺めている。