エジプトのピラミッドにまつわる良くある誤解「公共事業で作られた」等

この間、イギリスの人種団体が「エジプトのピラミッドは奴隷によって作られたものだから破壊すべき!」と主張としたという、ツッコミどころしかないニュースを取り上げた。

(追記あり)フェイクニュースであって欲しかった…。イギリスの反人種差別主義者、「ピラミッドを破壊せよ」と気炎を上げる
https://55096962.at.webry.info/202006/article_7.html


事実であれ、実は大げさに書かれただけのフェイクであれ、こうしたニュース自体は頭抱えるレベルでどうしようもないのだが、この件に絡んだ議論の中で「エジプトは黒人の国で、黒人奴隷が働かされた」と思っている人が一定数いることが見てとれた。

そして彼らに対してツッコミを入れている側の知識にもかなりの間違いが見受けられ、特に日本人は「奴隷によるものではなく公共事業で作られた」という、10年以上前にテレビで流されていた誤解をまだ信じている人も多かった。(奴隷を使っても公共事業は出来るので、そもそもの話なのだが…)

ツッコミ入れる側の知識が間違えてたら意味ないよな。
というわけで、もう何度目かになると思うが、よくある誤解を簡単にまとめておくことにした。


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◆ピラミッドは奴隷が作ったもの → そもそも奴隷制がない

古代エジプトでは奴隷制が発達しなかった。労働力が足りていたので、その必要がなかったのだと思われる。
ムチでびしばしして無理やり働かせるの面倒くさいよね? 逃亡を見張る人手も無駄だし。お給料与えて自発的に働いてもらうほうが効率がいいのだ。
少なくとも、ピラミッド労働者に関しては1990年代に労働者の街が発見され、ここ数十年で生活の実体も見えてきており、ごく普通の工事現場の労働者といったものだったことがはっきりしている。パンとビールの支給があり、お肉や魚も食べさせて貰えていたようだ。ガテン系のお仕事は体を使うので、ごはんは大事。

エジプトにおける奴隷は基本的に戦争などで他国から集めてくる技能奴隷と呼ばれる特殊な技術を持つ人々で、自国民が奴隷になることはほとんどなかったようである。また、奴隷の待遇もそれなりに良かったようだ。これについては以前少し調べたものがある。

古代エジプトにおける奴隷の実態
https://55096962.at.webry.info/200912/article_11.html

一般的に想像されるような奴隷が登場するのは、ペルシアに支配されたりギリシャ系の王朝が成立したりする最後の600年くらいの間だけだ。
ちなみに、メソポタミアでは多く使われていた宦官もエジプトにはいなかった。



◆エジプトは黒人の国だった → 白人でも黒人でもなく色々混じってる地域

分類としては北アフリカもしくは東地中海沿岸。

そもそもが、「エジプト人」という単一の部族ないし人種が存在するわけではない。エジプトはアフリカに分類され、隣のパレスチナからがアジアに分類され、対岸のギリシャはヨーロッパに分類されるが、それは単に現代的な地理の区切りに過ぎない。この3つの区切りの間で人間は、歴史が始まる以前からさかんに移動し、行き来している。道路が整備されておらず、陸路が困難だった時代において、海路は陸路よりはるかに近く、交通も盛んだった。つまり、海を隔てたギリシャとエジプトの間の差異のほうが、エジプトと内陸のスーダンの差異より小さいくらいなのだ。

もちろん、エジプトの中での差異もある。西の砂漠地帯は伝統的にベルベル人の土地だったし、東の砂漠地帯にはアラブ系の遊牧民が入ってきている。さらに南の方はアフリカ内陸部との強い繋がりを持っている。現代のエジプトの人の外見を見ても、北から南にかけて肌の色はグラデーションになっており、ヨーロッパ風の顔立ちの人からアフリカ系とすぐわかる人まで様々だ。古代世界においても、それは同様だっただろう。


◆ピラミッドは特別な建造物 → めちゃくちゃ一杯在る

近年、ランドサットやUAVを使った空からの遺跡探索が盛んになっていてどんどん新しいものが見つかるので、数は年々増えている。
数えるのが面倒になって途中までしか記載していないが、形として残っているピラミッドは、だいたいこんな感じだ。

ピラミッド全リスト
http://www.moonover.jp/bekkan/mania/pira.htm

そう、ピラミッドは別に特別な建造物ではなかった。エジプト国内だけでも150はあり、さらに隣のスーダンにある分まで入れるととんでもない数になる。ありふれた遺跡なのだ。ギザの三つが特別に大きく、街の近くにあるからよく目立つだけなのだ。



◆ギザの大ピラミッドには隠し通路(内部傾斜路)を使って作られた → 通路の空間が無い

フランスの建築学者さんが言い出した説で、ビジュアル的には面白かったのだが、残念ながら非現実的である。そして既に知られているピラミッド建造法に比べて効率が悪いと思われる。石の隙間に空間を作るには精緻さが求められるが、サクサク石を積み上げないと終わらない作業において、そんなとこに気を遣ってる余裕はないのだ。実際、大ピラミッドの作りは、全般的に結構「雑」である。玄室という空間部分だけは最大限の注意を払って美しく仕上げられているのだが、空間を作ってつぶさないよう保持するには、それだけの注意と技術が必要になる。

また、最近ミューオンを使った内部の空間調査もあったが、内部に通路があったという証拠は存在しない。この説を支持している専門家はほぼいない。



◆ピラミッドを人間が作れるはずがない。即ち宇宙人(ry → はいはいワロ(ry

ピラミッドは奴隷などという下賤な人間に作れるわけがないのだ、偉大なる宇宙からの訪問者様が~ っていう反論を見て、ああ…これぞインターネッツや…欧米さんそういうの好きやんなぁ…って天を振り仰いだ。うん、あの、何も言わない。こっちにだけは来ないでください。


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以下は日本限定の誤解
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◆ピラミッドは農閑期に失業した農民を働かせていた → そもそも農閑期がほぼ無い

これもそもそもすぎる話で、農閑期の農民は別に失業などしていない。農業というのは、収穫時期にまとめて報酬を得る職業である。そして、主食である麦の収穫が終わったとしても、普通は別の作物を作るのでは。そして古代には自動脱穀機なんてないので、収穫の終わった麦を手動で脱穀するとてつもなく大変な作業があることなども考慮されていない。
また、この説の問題点は、「ナイルが増数している間は畑作が出来ないだろう」と勝手に思い込んでいるところである。実は古代エジプトは灌漑農法をとっているため、畑作をしていない期間=感慨のために畑に水を入れる、とても手間のかかる期間 なので、全然ヒマじゃないのだ。

テレビで繰り返し報道されてしまったせいで覚えている人は結構いるのだが、ちょっと考えればすぐにおかしいことに気づくレベルだ。はっきり言えば、農業やったことない学者さんが机上の空論として考え出した説に過ぎない。

実際、カレンダーを引いて調べてみたら、農閑期などほとんど存在しないことも見えてきた。
ピラミッド建設現場の労働者の街からしても、大半が通年の労働者と思われる。失業対策などというショボい説は、いい加減、墓に葬るべきだと思うのだが…。


「ピラミッドは農閑期に農民を働かせて作った」説→調べたら農閑期なんてありませんでした。
https://55096962.at.webry.info/201602/article_11.html



◆ピラミッドは公共事業で作られた → 国家事業ではあるが公共事業ではないため不正確

公共事業とは、現代語の辞書では「国または地方公共団体が公共の利益や福祉のために行う事業」と定義されている。
だが、ピラミッドには「公共の利益」という概念はない。 出発点としては、王の威光を知らしめるため、とか、信仰する神に奉仕したい、という超個人的な目的になるはずなので、むしろ公共事業の逆である。

また、古代世界においては、大規模な事業を行う財力や権力は王や地方豪族などごく一部の人しか持っていない。従って、国という体を為している地域での全ての大規模建築は、国家事業とならざるを得ない。

「公共事業だ」という説の大元を辿っていくと、ピラミッドという巨大なシンボルを作ったことことによりエジプトが国民としてまとまることが出来たのでは? という説にたどり着く。また、ピラミッドを作るために多くの人々が一か所に集まって、長期間一つの目標のために働くことで、国家としての団結力が上がり、アイデンティティが共有された可能性はある。だが、最初からそれを目的とした事業ではなく、あくまで副次効果に過ぎない。

というか、そもそも本当に公共事業したくて人を集めてたんなら、石の山なんて作らずに灌漑水路の整備とか港の建設とかやるだろう…。



◆ピラミッドは墓ではない → 墓です

これもテレビで流されてしまったために一部の人に誤解が定着している感じがあるのだが、墓である。
正確に言うと、大半は墓で間違いないのだが、一部、見た目だけのシンボル的なものとして造られているというのが実態だ。
余計なヒネりをする必要はない。中に棺があって遺体が発見されていて、お経が書いてあるものを墓ではないと言い張るのは意味が分からない…。

実際に中から被葬者の遺体が発見されているピラミッドは多く、近年でも幾つか追加されている。
これについては大昔に以下にまとめたものがあるのでご参考までに。

「ピラミッドは、何のために作られた?」
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/first_page.htm



◆ピラミッド労働者が二日酔いで休んだことがある → ピラミッドではなく王家の谷の労働者の話

元ネタになっているのは新王国時代の墓職人の村、ディル・エル・メディーナの労働者たちの出勤簿。
パピルスに書かれたものではないのもポイント。詳しくは以下。(実物写真あり)

【新王国時代/王家の谷】古代エジプト人の出勤簿/ディル・エル=メディーナ出土のオストラカ
https://55096962.at.webry.info/201408/article_12.html

また、この記録をもって「現代よりホワイト」などと言われることもあるが、ちゃんと読んでないからそういう感想になるだけで、実際は全然ホワイトではない。そもそも有給とか無いし。防塵マスクもないのに絵具用の石を砕き続けたり、腰をかがめて狭い墓穴の中で一日中作業したりして、健康を害さないわけもなく、欠勤理由に体の不調が多いところで何となく察する。休みくらい取らないとマジで死ぬ、過酷な労働現場だったのだと思われる。



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えーっとなんかパッと見、見かけたのはこのあたり。
墓ではないとか公共事業だとかは日本限定、主にほぼ一人の学者風タレントが垂れ流したのをテレビが増幅しただけで何のエビデンスもないし、まともな論文が出てるわけでもないし、与太話レベルなんで情報は更新して欲しいです。