神話のヴァルキュリアと史実の女戦士、「ヴァイキング時代は女性も戦ってた」の勘違い。

ヴァイキングたちが盛んに暴れまわっていた、いわゆる「ヴァイキング時代」に女性の戦士がいたのかいなかったのかという論争は、長らく続いてきた。実際に女性の骨と武器が一緒に埋葬されていたり、武装を思わせる防具や馬と同時に埋葬されていたりした痕跡はいくつか見つかっていたのだが、それらは「偶然」あるいは「他の意味がある」として拒絶されることも少なくは無かった。

見たまんま解釈すればいいだけなのに、わざわざ妙な理由付けをしようとしたのには、ヴァイキングの持つマッチョで男臭いイメージも関係していたかもしれない。いずれにしろ、最近では「一部、女性戦士もいた」という説のほうが主になりつつあるように見える。しかし、やはりどうも妙なイデオロギーが加えられてしまう。見たまんま解釈すればいいのに、「男女平等だった」のような語られ方なのをちょくちょく見かけるのである…。

見たまんまに解釈すれば、以下のようになる。

●戦う女性もいたが、一般的ではない。

●遠征に出るのは基本的に男性。女性は農場を切り盛りし、家を守る(戦うとしても家の近辺)

●女性が女主人として権威を持つことはあったが、基本的に家庭・一族内のみ。外交や法律に関する事項は男性が担当



男女で役割差があることは明確である。また、現代的な意味での男女平等ともかなり違う。女性を一人の人間として扱わないような社会からすれば確かに良い扱いではあるのだが、社会的な権利や義務の意味では男性のほうに比重が偏った社会だ。女性が男性と同等の役割を認められるのは、たとえば子供が一人しかいない家庭において、父の後継者として扱われる場合など、血族の繋がりの中においてだったように思われる。

また、ヴァイキングの女性が戦っていた、と示す記事のいくつかで、「日本の武士の妻たちも武芸を学び、戦っていた」などと書かれることがあるが、その程度の理解なのだ。ナギナタ習ってれば戦士として認められた、という感じ。武士の妻は、家に攻め込まれたら防衛に参加はするだろうが、積極的に戦場に打って出ることはない。ヴァイキングの女戦士についても、遠征に参加するほどではなく、家や所領を守る意味では戦っていたと理解しておくのが無難だろう。「戦士」と呼ぶよりは、「武闘派主婦」と呼びたい。


Viking Women: What Women Really Did in the Viking Age
https://www.lifeinnorway.net/viking-women/

viking.PNG

↑の記事の中に出てくるビルカの墓については、日本語記事もある。

有名なバイキング戦士、実は女性だった
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/091400054/


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余談となるが、男女平等とは、女性が男性と同じ役割を担うということではない

性別による身体の機能差は決して覆らない。男性のほうが筋肉が付きやすく、子供を産めるのは女性のみである。男性より強い女性が稀に居るのは確かだし、現代の技術を持ってすれば男性に妊娠させることも出来る(そして出産した例もある※)が、例外を見ても仕方がない。一般的には、男女にはそれぞれ、生物学的な特性があるのである。

※この場合の「男性」は女性から性転換しているので厳密には男性の出産とは言い難いかもしれないが…


だから、女性が男性になることも、男性が女性になることも不可能である。これがまず大前提だ。
女性が男性と同じスペックで動こうとしても無理なもんは無理だし、男性が女性の得意なことをやろうとしても大抵は失敗する。

そうではなくて、理想的な男女平等とは、自らの特性を男性も女性も最大限に生かせる状態 を指す。

要するに、性別を理由に能力を制限されないということである。男女とも、自分の得意なことが出来ればいい。
その結果として、従来は男性らしいとされてきたことを女性が行う場合もあれば、女性らしいとされてきたこと男性が行う場合もある、というだけのことだ。趣旨と結果が逆になってはいけないのだ。

つまり、学問に秀でた女性が進学して立派な化学博士になったとして、それは女性が化学博士になったから素晴らしいのではない。女性であることを理由に、自分の得意分野の道を閉ざされなかったことが素晴らしいのである。

お化粧して着飾るのが好きな男性が素晴らしいファッションリーダーになったとして、それは男性がファッションにこだわるのが素晴らしいのではない。自分の好きな道で生きているのが素晴らしいのだ。

重要なのは、「能力を制限されない」の「制限されない」の部分であり、逆にゲタを履かせるのも平等とは言えない。具体例を出すと、女性の社会進出が平等につながると考えて、女性だからという理由だけで数あわせのように雇用するのは、形を変えただけの男女差別である。だから、女性だからという理由で特別扱いを求める一部の人々も、男性だからという理由だけで自分を上に見たがる人も、自分を差別してくれと主張しているに過ぎない。


ヴァイキング戦士の男女平等の勘違いも、ここから生まれている。

・男女平等とは、女性が男性と同じ役割を担うということではない

 →女性が男性のように武装して戦うこと自体は、男女平等ではない。


・理想的な男女平等とは、自らの特性を男性も女性も最大限に生かせる状態を指す。

 →強い女性、戦うことに長けた女性が、女性であることを理由に役割を制限されたわけではないのなら、平等と言えるかもしれない。しかし実際は遠征に出かけていたわけでもなく、役割差があるので、現代的な意味での平等とは言い難い

とはいえ、ヴァイキング時代に神話に登場するブリュンヒルドや、サガに登場するフレイディースのような女傑が実在したかもしれないと想像することは楽しい。学説はある程度、時代の世相を反映する。サイエンス(科学的な見方)がイデオロギー(特定思想や社会的立場)に上書きされない範囲で楽しみたいところだ。