砂漠の交易都市都市ペトラ、その建築技術の一端

ナショジオが最近、本誌でも番組でもペトラ推してきててちょっと行きたいなぁ…みたいな。しかし世界はまだ自由に旅行など出来る状態ではないのだった。そしてペトラ近辺は 冬は雨季で鉄砲水の危険があり、夏はしぬほど熱い ので春か秋に行かないとキツそう。よくこんな場所に街が出来たな?? と思う。
https://natgeotv.jp/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/2760

そんな不思議の都市ペトラ、砂漠の民が交易のために作った都市である。
かつてインディ・ジョーンズの舞台になったこともあり、メインの建造物であるエル・カズネの写真を見れば、多くの人が「ああ見たことある」と言うと思う。ヨルダンの東部、アカバ湾に近いあたりにある遺跡で、ナバテア人によって築かれたものだ。大規模な戦争こそ起きなかったもののローマに制圧され、税を課され、そのうち主要交易ルートから外れたこともあって衰退していく。ここが大都市として機能していたのはわずか数世紀のことだ。

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その間に、砂漠の民であるナバテア人はギリシャ・ローマからの文化や技術を吸収し、エジプトとローマを融合させたような芸術様式を生み出していった。しかし大規模な神殿建築などは、いきなり誕生することは出来ない。ナバテア人が元々持っていたのは、砂漠ならではの「石を加工する」という技術だけだったはずなのだ。だからこのペトラでは、「壁面を削る」という方法でメインとなる建造物が作られている。

ペトラの顔ともいえるエル・カズネやエド・ディルは、岩を上から掘り進めることによって作られているのだという。

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壁面の神殿の脇には階段があり、岩の最上部に登れる。

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エド・ディルも同様。

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上から少しずつ、形を作っていく…この工法、実はエジプトのアブ・シンベル神殿や、エチオピアのラリベラ教会群でも使われている。
どちらも砂漠の国で、元々、岸壁から岩を削りだす技術に習練していたから出来たことだと思う。地中海世界では珍しいかもしれないが、他にも例はあるので「世界で唯一」のようなオリジナリティがあるわけではない。

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採石場の跡。垂直に岩を伐り出している。
この工法をちょっとひねれば、エル・カズネやエド・ディルに結び付く。

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目立たない他の、岸壁を掘り込んだ建造物。ナバテア特有のもの。

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もちろん彼らはローマ式の建物も作っている。
しかしそれらの技術は、あとから吸収したものだっただろう。ナバテアは地震が多い土地でもあるため、ほとんどの建造物は既に倒壊して痕跡を留めていない。唯一残っているのは、後世に「カスル・アル・ビント」、王の娘の館と呼ばれるようになった建物だけで、これは時間をかけて耐震構造を組み込んで作られたものだという。耐震性を高めるためには、石と石の間に砂漠では手に入らない木材を組み込むなどしたようで、かなり金もかかったのだと思う。

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それから、最近見つかったという丘の上のお風呂。
ローマといえばやっぱりお風呂…。
砂漠なので水は貴重だったはずだが、山に降った雨が岩肌を流れ落ちるのを利用して貯水槽に集めていたという。ということは、入浴できるのは冬場だけだったのでは? めちゃくちゃ山の上にあるので、景色は良かったと思う。実はペトラは、まだ全体的な発掘が進んでいない。見つかっていない、都市の周辺施設は沢山ありそうだ。というかそもそもナバテア人自体があまり研究されていないのだが…。

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貯水槽。

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しかしあれだ、画像の中のどこにも緑が無い。
赤い…ひたすら赤くて暑そう、これがペトラ…。
いつかは行ってみたいが、エジプト同様、かなり気合を入れて行かないと遭難しそうな気がします…。

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