「クフ王の第二の船」取り上げ~修復の進行状況と名称についての問題まとめ

クフ王の第二の船とは、クフ王のピラミッド脇で見つかっていた二隻の木造船のうちの修復されていないほうの船。1954年に発見された二つの遺構のうち、片方(第一の船)については既に修復され、ピラミッドの側に展示されている。しかしもう一隻(第二の船)については費用や技術的な問題、穴から取り上げてしまうことによる劣化や破損を心配する声、さらには巨大すぎるため展示・保存場所から作らなければならないハードルの高さなどから、長年そのままにされていた。発掘・復元が本格的に始まったのはエジプト革命後の2013年からで、10年以上かけて復元まで持っていく予定になっている。現在の進行状況は全ての部材の穴からの取り上げが完了したところ。復元の完了は2026年の予定だ。


※第一の船↓
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あまりに長期スパンの復元計画のため、あまり劇的な動きはなく、ニュースに出てくることもあまりない。
その進捗状況を確認する方法が幾つかある。

一つは、科研費データベースに登録されている進捗状況。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-26257309/

もう一つが「エジプト学研究」に掲載されている内容。
http://www.egyptpro.sci.waseda.ac.jp/publication%20eji.html#25

他にも確認方法はあるが、マスメディア向けでない大元の情報を知ることが出来る分かりやすい場所として上記をあげさせてもらった。
穴から木片を取り上げるのにかなり難航しているようだが、その理由は写真を見ると判る… 劣化して部品がボロボロなんである。

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ちなみにところどころに張り付けられている白いものは、補強のための和紙である。丈夫で薄いので便利に使えるのだそうだ。
第一の船の部品より状態は悪いようで、この破片と化したものを写真撮影してデジタルで復元案を考えていく。現状は第一の船に合わせた形に復元しようとしているようだが、第一の船の復元は実は部分的に正しくないところがあるのでは? という疑問もあるため、果たして合わせることが正しいかどうかは分からない…。慎重に吟味して、もし形が違うのであれば違う組み立てにしてほしいのだが…。

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クラウドファンディングで買った機材もちゃんと役に立っているようで何より。(あのクラファンの売り文句はクフ王の真の墓がどうとか使用目的と噛み合ってないし、日本の祭りの起源がどうこう言い出して半分電波混じっててどうかと思ったけど、機材が役に立ってるならまぁ、うん)

組み立てる前に脆くなった各部材を化学薬品などで補強し、設計図案を作り、そこからスタートなので、まだかなりの時間を要するだろう。
組み立て完成後は、現在ギザに建設中の、大エジプト博物館の入り口に展示される予定という。大エジプト博物館自体、開館が延期に延期に延期を重ねており、今年いよいよオープン! 今年は観光客150万人を目指すぜ! と言っていた矢先にコロナ禍で観光業死亡、開館時期もまた未定に戻ってしまった。博物館が開館するのが早いか、太陽の船の修復に目途がつくのが早いか、ちょっと判らなくなってきた感がある。


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さて、この船について情報を調べてみた人なら気づくと思うが、「クフ王の船」と「太陽の船」という二種類の呼び方が出てくる。
同じモノなのに何で名前が違うのか、どっちが正しいのか、という話をまとめておきたい。

「太陽の船」は、この船が神話に出てくる太陽神の乗る船を模したものではないか、という説から来ている名称だ。一時期は有力説として扱われており、この第二の船の復元プロジェクトを推進しているチームが指示したい説でもある。しかし、実際の船の用途がはっきりしているわけではないので、学説の一つに過ぎない。(反論も多くある) 従って、学問的に無難な名称は「クフ王の船」のほうだと思うし、現状のエジプト学者の世界でも「クフ王の船」の名称のほうが広く使われているように思う。

また、「太陽の船」説は、船が二隻のみであること、すなわち、神話に従って太陽が「昼間」に乗る船と、「夜間」に乗る船であることを前提としているのだが、クフ王のピラミッドの周囲には、少なくとも5つの舟坑が存在している。王の魂が天に上るという信仰や、太陽とともに死後に復活するという「死者の書」の呪文とは一致するのだが、それらは後世に確認されている信仰で、ピラミッドを作っていた時代に既にあった思想かどうかも判っていない。状況からするとあまり妥当とは思えない。

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また、壁画などに出現する「太陽の船」の形状に近いかというと、あまり似ていない(実用的すぎる)感じになっている。
シンボル的なものよりは、実際に葬送の儀式に使われた実用品だった説のほうがありそうに思える。

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いずれにせよ、今のところ用途がはっきりしていないので、無難な呼び方のほうがいいという話である。この船は、今から4,500年も前のものであり、よくこんなものがこれだけ残ってるなという感じの遺物だ。この時代のエジプトの船には金属のクギなどは使われておらず、木材はパズルのようにたくみに組み合わされ、場所によってはロープで縛って固定してある。さらに輸入されたレバノン杉をふんだんに使った、当時の王の財力を示す遺物でもある。


一部面白くない宣伝のされ方をして腹が立ったこともあったが、ナイルの流れは留まり淀むことを良しとしない。(※)
どのような形に復元されるのかは楽しみにしている。



(※)発見者じゃない人が「私が発見しました」と嘘をついたこと。
嘘をつくたびに何度でも訂正するけど、それはそれとして坊主の行為が憎けりゃ行為を殴ればいいのであって、袈裟を憎んでもお腹がすくだけなのだ