古代エジプトで蝗害はどの程度起きたのか。現代の大発生から推測するバッタの被害状況とは

古代エジプトで蝗害はどの程度起きたのかがずーっと気になって色々調べていたのだが、古代の気候がはっきりしないところもあるので頻度まではは判らなかった。だが、現代と似た通った部分や動かせない条件から、実際に蝗害が起きた時の被害状況を推測することは出来た。
結論から言おう。

 エジプトで起きるバッタの害は、他国に比べてそれほど大きくはならない。

ここで言う「バッタ」は主にサバクトビバッタを指すが、蝗害が起きるとすればかなり限定された範囲となると推測される。
なぜそう考えられるのか。まず、自然環境のポイントは以下の三点だ。


●エジプトにあるバッタの食料は農耕地のみ

餌なさそうな砂漠もガンガン踏破していくバッタ軍だが、そもそも何で移動してるかっていうとその先に餌があるからである。しかしエジプトは砂漠の国なので、どこまでいっても砂漠は砂漠なんである。緑があるのは川沿いの農耕地に限られる。現代では地下水や海水のろ過、ナイル川からの大規模な水路の造成などによって農地が多少増えているものの、古代世界においては実質、ナイル川とファイユーム湖の周辺のみがバッタの餌のある範囲だった。


●エジプトでは一部地域を除き、バッタが繁殖出来ない。

これも砂漠の国ゆえに、バッタの卵が孵化するのに必要な湿度があるのは川沿いだけだ。
カラカラの砂漠には、そもそもが産卵できる土が無い、暑すぎて卵が蒸し焼きになる、などで繁殖に向かない。しかも川沿いはナイルの増水で夏には水没してしまう。灌漑水路で水を引いている農耕地で、完全に水没しない場所だけが繁殖に適した場所になる。


●バッタの生存に適した気温は3月末~10月半ばごろまで

北半球なので冬は意外と寒いのがエジプトである。カイロの冬の気温は、ときおり日本の東京より下回るほどだ。変温動物のバッタは冬のエジプトには侵入出来ない。バッタの飛翔に適した25度前後を維持できるのは3月末~10月半ばとなり、通年でバッタが生息する赤道に近い国々とは条件が異なってくる。

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なお、エジプトの主食となる麦の生育時期は、冬から春にかけてとなる。
古代エジプトの麦の栽培カレンダーはだいたい以下のような感じになるが、このうちバッタが侵入して大打撃を受けるのは、3月終わりから4月末頃にかけての小麦の収穫シーズン直前である。(大麦のシーズンはまだ寒いのでバッタが飛来できない)

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実際2013年にエジプトで騒ぎとなった蝗害は、3月末の小麦シーズンに発生している。

トビバッタの大群がエジプトに来襲
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/7662/

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しかし、この記事にも書かれているように「いずれ過ぎ去る」とエジプト当局は見ている。
そう、いずれ過ぎ去るのである。エジプトでは。

バッタは、大量発生して混雑しすぎた際に仲間から遠ざかるために大移動をすると考えられている。狭いナイル渓谷にバッタの群れがやって来ても範囲が狭すぎて混雑が悪化するだけなので、長くは留まらず、移動するしかない。しかもエジプトでは卵を産める場所は限られているので、産卵したいメスにとっても魅力的な場所ではない。よそからバッタの大群がやって来る可能性はあっても、エジプト自体でバッタが大量発生することはほとんど無く、「過ぎ去っていく」災いなのだ。

地理とだいたいの気候条件は、古代も現代もほぼ同じである。主食の麦の生育時期が冬であるエジプトでは、その年の農作物が壊滅するほどの被害を被る可能性は低いと言える。

また、過去のサバクトビバッタの繁殖データから、エジプトに侵入する可能性があるのは春、つまり3月~5月くらいの時期になると推測される。下の図でBの「Spring breeding」となっているほう。これがバッタの春の繁殖期の一般的な動きとなる。ナイル下流地域がバッタの繁殖地になる可能性があり、2013年の時と同じく春にイスラエル方面からバッタが飛来するとナイル渓谷に群れが侵入することになる。逆に夏は、風の関係もあって紅海沿岸を掠めることはあってもナイル渓谷に侵入される可能性は低い。(そして冬は寒すぎるので入って来られない)

Locust-invasion-in-Africa-Source-Data-from.png
https://www.researchgate.net/figure/Locust-invasion-in-Africa-Source-Data-from_fig1_265049242

もしこのサイクルが古代と変わっていないのなら、古代エジプトで蝗害が発生した時期も春から初夏にかけてのシーズンだったのではないだろうか。というか旧約聖書の十の災いの虻って夏に発生するもんだし、夏に川の水位が低くなると水が濁って赤っぽくなるし、疫病がマラリアだった説もあるし、蝗害もそのくらいの時期だとすると、過ぎ越しの祭りを4月にやってるのは時期的にも一致するなぁ。まあそのへんは聖書学者の人が適当に考察してください(雑




というわけで、古代エジプトで蝗害が起きる条件や季節と、起きた場合の被害状況についてはある程度考察が出来た。
ただ古代の蝗害の発生頻度がぜんぜんわからない。わからないものの、もしかしたら現在よりはるかに高かったかもしれないと思う。

なぜそう言えるかというと、実は近代でも数十年前までは頻繁に大規模な蝗害が起きていた記録があるからだ。これはBBCの出していたグラフだが、1930年ごろと1940年~60年ごろがとにかく酷い。20年近くも蝗害が発生し続けた時期があるのだ。しかも被害を受けている国の数も規模も現在のものと段違い。実は現在ニュースで騒がれている蝗害は、過去に起きてきた蝗害に比べるとまだマシなほうなのである。

参考までに、この大規模な被害が起きていた頃に世界がなにやってたかっていうと、世界大戦後の処理ですね(´・ω・`)
全然対処できないとこうなるんだろうなぁ…。

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https://www.bbc.co.uk/news/resources/idt-84994842-8967-4dfd-9490-10f805de9f68

記録にある限り最大の蝗害の一つは、第二次世界大戦の終戦年である1945年に起きていた。グラフの中で横棒がやたらと長い、最大数の被害国がカウントされている年である。その年のバッタの飛来範囲が、現在もよく使われる、サバクトビバッタの飛来範囲の図になっている。色が分かりづらいが、薄い部分が繁殖地、濃い色の部分は飛来したけれど繁殖できないので定着しなかった場所だ。そして、より濃い色で示されている「Swarm」というのが、成虫が群れを成して飛来している状態。この時には、ナイル全域が被害に遭っている。ただし季節は5月。つまり主食の収穫は終わっている。大打撃は食らってるけど、即飢饉に繋がるほどの致命傷ではなかったはずだと思う。

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https://www.researchgate.net/publication/235343807_Desert_locust_populations_rainfall_and_climate_change_Insights_from_phenomenological_models_using_gridded_monthly_data

また、この大規模な蝗害の年でさえバッタの群れは中国には到達出来ていない。東の限界はインドとミャンマーの国境近くまでだ。アフガニスタン北部の高地や山脈などをきれいに避けているし、エチオピア中央あたりに高原がまるく切り取られているのもわかる。サバクトビバッタはどう頑張っても高くて寒いところには上がれないバッタなのだ。そして暑すぎても繁殖できない。昆虫も意外とデリケートなんである。災いとか言われてるけど、大量発生しても無限に増え続けることは出来ず、どこかで餌が尽きて大量に死ぬ儚い存在だ。ただ、それまでの間が大変なのだが。



それから、ここでは「サバクトビバッタによる蝗害」を想定しているが、近辺には他にも大量発生する可能性のあるバッタが何種類か存在する。
モロッコトビバッタもエジプトの沿岸部分にだけは入ってくる可能性があるので、参考までに。とはいえモロットコビバッタもエジプトでは繁殖出来ないようなのだが。

[>参考
サバクトビバッタが猛威を振るっているさなか、他のバッタたちはどうしているのかというと
https://55096962.at.webry.info/202004/article_14.html