もうやめて! ヨセフスのライフは0よ!(2000年前に死んでるけど) 「ユダヤ古代誌」に対するツッコミもろもろ

フラウィウス・ヨセフスという人がいる。

ローマ風の名前で、ローマの歴史家と紹介されることが多いがユダヤ人て、ローマがエルサレムを陥落させた時にローマ軍と戦って負けた。のちにローマに移住して平穏に暮らしたようだが、そのせいで同胞からは裏切り者扱いされていた人物である。生きた時代は紀元後1世紀。エジプトがローマ属州になった直後の時代で、ローマでキリスト教が国教になるまであと300年ほどある。

フラウィウス・ヨセフス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%82%BB%E3%83%95%E3%82%B9

そのヨセフスの著者で、旧約聖書からユダヤ民族の始まりからの神話を再話した作品に「ユダヤ古代誌」というものがある。
異教徒ローマ人に向けて、我々ユダヤ民族の歴史はこんななのだ、由緒正しき民族なのだ、と宣伝するために書かれた本なので、数を盛ったり記述をオーバーにしたり、「ユダヤ人こそサイコー! 他民族の神はクソ」などという刺激的な記述は削られている。同時に、かつて七十人訳を作った人々と同じくエジプトにコンプレックスがあるので、ことあるごとにエジプトを貶めようとする記述をねじ込んでくる。そういうところにツッコミを入れまくった本がこれである。しかも書いているのはヨセフスの著書を邦語訳した学者さん本人である。つまりこの学者さんに反論しようとしたら原著から辿らないといけないわけで…うん…。まあ勝てない。

なんか訳してる最中に色々ツッコみたいところが積もり積もってたんだろうなぁとか、察するところはあるが、正直ここまでボッコボコに殴る必要があったのかどうかは謎である。そしてヨセフス本人だけでなく、神と神学者も巻き添えでボコ殴りにされている全方位戦闘スタイル。ヨセフス自身が著者の中で同時代の知識人や前時代の知識人(主に宿敵であるエジプト神官マネトー)を殴っていくスタイルだったようなのだが、まさか死んでから約2000年後に遠い異国の人間にこんなに真正面からツッコまれるとは思ってもみなかっただろう。

書き替えられた聖書―新しいモーセ像を求めて (学術選書) - 秦 剛平
書き替えられた聖書―新しいモーセ像を求めて (学術選書) - 秦 剛平

容赦ないツッコみの中で、クスっとできる部分もある。
たとえば、「モーセは海を割って見せたのに、神の子とされるイエスは病気の人を治すとか石をパンに変えるとか奇跡がショボい。せめてガリラヤ湖の上を歩かずに湖を割るくらいしてほしかった」とか。

ただ、読んでるこちらも痛くなる部分もある。
「約束の地に辿りつくため荒野をさ迷っていた時に民衆がモーセにぶつけた怒りは、かつて対ローマのユダヤ戦争の中で指揮官であったヨセフスに向けられた怒りと同じものだ」というような部分。どうもヨセフスは、モーセの中に自分の姿を投影して書いていたような箇所が多々ある。モーセをエチオピアに出征させたり、ファラオから「嫉妬」されたり、シナイ山から下りてきて民衆を前に演説させたり…軍の指揮官であった自分、ローマで安穏と生きていることに対する同胞からの感情、それに対する演説など、なるほどと思うところはあるものの、それを真正面からツッコんでしまうとやはり痛い。ヨセフスとは別に会ったことないし他人なのだが、他人とはいえ小説の裏側にある黒歴史を暴き立てることはよくない、うん、それはだめだ。判ってても仄めかすだけでそっとしておいてあげたい。

著者は、「聖書なんて別に権威のあるもんじゃないし、神の言葉ですら時代ごとに書きくわえられてきたもんなんだぜ」というのをスタンスにしている。ヨセフスも著書の中で神の言葉を勝手に想像で付け足しているし、モーセのやらかした犯罪に対しては目をつむっている。荒唐無稽な神の奇跡についてもツッコみは入れない。だが現代に生きる我々はそれじゃよくない、もっとガンガン突っ込んでいけ、と叱咤激励されているような本である。まぁ、うん、聖書の矛盾点とか言い出すとキリがないほどありますけども。

あまりにもド直球でえぐるようなツッコみの連続なので、読んでいて楽しいというより少々疲れてくる本である。原典から読み込んだ上でのツッコみは深く正確に急所を抉りすぎて相手もろとも自分も死んでしまう。聖書が神話なのは今更言うまでもないことだし、神話には矛盾がつきものである。多神教世界から見れば聖書の神も、万能ぶってるだけで多くの神のうちの一柱に過ぎない。ヨセフスは、色々あってそんな神の宣伝役をやらざるを得なくなった人なのである。
そんな感じでなんとなく愛してはいけないものだろうか…。

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軽くツッコみを楽しみたい人にはこちらをお勧めしたい

仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫) - 恭介, 架神
仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫) - 恭介, 架神

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あと、どうでもいいんだけど十戒は数えてみると実は十じゃない、というのは、聖書関係者からはあまりツッコみが入っているの見たこと無いんだけど、聖書主義者の人たちはあれをどう考えているんだろうか…。