テシク・タシュ遺跡と中央アジアのヒトの変遷の謎

色々あって調べているうちに少し資料が集まってきたので、忘れないうちにまとめておくことにした。

タイトルのテシク・タシュとは、ウズベキスタンの東の端っこ、タジキスタン・アフガニスタンとの国境付近にある遺跡で、ネアンデルタール人の子供の骨が出土している。最寄りの街の名前としてはバイスン。かつてここがネアンデルタールの分布の東端と思われていた時期もあるようだが、デニソワ人が見つかり、さらにアルタイ山脈付近でデニソワ人とネアンデルタールの混血も見つかった今となっては、ここはネアンデルタール人が異なるヒトと混ざって住んでいた可能性のあるエリアの一部だ。

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テシク・タシュから出た人骨がネアンデルタールかどうかは、実は長年、議論の対象となっていた。見た目からして現代人に近い部分が大きかったからだという。しかし最近ではDNAから分析するという方法が使える。ミトコンドリアDNAからの判定ではネアンデルタールに属するとなるようで、骨の形状の分析などと合わせて、今ではネアンデルタールと見なしてよいという方向に落ち着いているようだ。

The Mousterian Child From Teshik-Tash is aNeanderthal: A Geometric Morphometric Studyof the Frontal Bone
https://www.researchgate.net/publication/230850130_The_Mousterian_child_from_Teshik-Tash_is_a_Neanderthal_A_geometric_morphometric_study_of_the_frontal_bone

実はこのあたりの地域では、日本の発掘隊も活動している。
中央アジアで同じくらいの時代の遺跡が他にもないか、探しているのだ。今のところなかなか出てこないらしいが、出てきたとして、人骨を伴わない場合は石器だけではそこに住んでいたのが何者か分からない可能性がある、という。

たとえば、以下などにも記載があるが…
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/59511/1/Naganuma2014%20Uzbekistan.pdf

・人が入れ替わらなくても地域の独自進化で石器の型が変わることはありえるし、逆に、入れ替わっても文化を継続させて変化しないことがありえる
・デニソワ人も、装飾品を作るなど現代人的な行動をとるため、出土品から区別が付かない可能性がある
・人が入れ替わるというより混血していった可能性もある

最終的にホモ・サピエンスだけ生き残るのは間違いないのだが、それまでの間がどう変遷したか分からないのだ。
中央アジアは、異なるヒト種が出会い、混じり合い、時を経て一種に集約されていった土地だ。そこで一体、何が起きていたのか。謎に対する興味は尽きない。



あと、ネアンデルタールとホモ・サピエンスはどのようにして入れ替わったのか、という研究プロジェクトもあって、考古学や人類学だけでなく他ジャンルも関わって幅広く研究されている。
http://www.koutaigeki.org/index.html


"本領域研究は、20 万年前の新人ホモ・サピエンス誕生以降、アフリカを起点として世界各地で漸進的に進行した新人と旧人ネアンデルタールの交替劇を、生存戦略上の問題解決に成功した社会と失敗した社会として捉え、その相違をヒトの学習能力・学習行動という視点にたって調査研究する。そして、交替劇の原因を両者の学習能力差に求め、その能力差によって生じた文化格差・社会格差が両者の命運を分けたとする作業仮説 (以下「学習仮説」と称する)を検証する。"


という、何がなんだか分からない堅苦しい書き方はアカデミックというよりお役所系で、一般人向けに書かれていない。おそらく研究者向けのページだろう。(…というかこれで一般人に見てくれというのが無茶)
ざっくり書き直すと、「何で我々ホモサピエンスが生き残ってネアンデルタールは消えてしまったのかは、両者の学習能力による社会の差が原因ではないかと推測して、その推測が正しいかどうか検証する」という話だ。

「何が両者の命運を分けたのか」は今のところ判らない。なのでこの仮説も、これ自体を検証するというより情報を集める中で別の仮説が出てくる可能性もありそうだと思っている。