アンデスの民は家畜の乳を利用しない。謎多き南米大陸の遊牧事情

世界の牧畜事情を眺めていたときに、「アンデスの民は家畜の乳を一切利用しない、世界でも少数派の遊牧生活を送っている」という話が出て来て、ほう…? と思ったので、ちょっと軽く調べてみた。いや、確かにアンデスでは乳の利用を見たことが無いんだよね。生で飲むのはもちろん、チーズやバターのような加工食品にもしていない。

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ユーラシア大陸では、家畜の利用が始まった初期から、乳の利用も始まったとされている。
殺して肉を食べるだけなら狩りでいい。乳を利用したかったからわざわざ飼育を始めたのだ、という説すらある。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/milk/61/3/61_205/_pdf

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なのにアンデスでは乳の利用を全然やらないのだ。
毛と肉の利用だけ。ちなみにアンデスで飼育されているリャマやアルパカは、妊娠期間がとても長く約1年、しかも一回に産むのが一頭だけなので増やすのが面倒くさい。肉を利用するにしても豚のような多産な家畜に調べると非効率で、実際に肉は貴重なため、神への捧げものとして使われる。(=貴重でなければ神への捧げものにならない。人間が生贄とされるのも同じ理由)

確かに謎だ。

その理由については、いくつか仮設がたてられている。

まず南米では、乳糖不耐症が多いからだという可能性。これは牛乳を飲むとお腹を壊す体質のこと。ただし、乳をチーズやバターに加工すれば関係なくなる。これは理由の一つにはありそうだが、そもそも人間は種族として大人になると乳を分解する機能が弱まるものだし、乳糖不耐性の割合はアジアと大差ないため、あまり関係がなさそうだ。ちなみにアジアでもチベットやモンゴルでは古来からしっかり乳を利用している。

次に家畜の乳の量が少ないという可能性。牛やヤギの乳の量は多い。
ただしこれも、家畜化して乳を搾り続けているうちに量が多くなる方向へ進化すると思われるので、原因と結果が逆な気がする。乳を利用してこなかったから、アンデスの家畜は今も乳の量が少ないのではないか。個人的にはこの可能性も低そうに思える。

三つ目に考えられるのが、乳を利用しなくても栄養分が足りたから、というもの。
家畜の乳は栄養に優れた食べ物だが、他に食べ物が足りているなら敢えて利用に挑戦しないのではないか、というのだ。つまりアンデスの家畜は、ユーラシアの家畜化プロセスと異なり、毛と肉の利用だけ考えて飼われるようになったのではないかということ。乳の利用は家畜を飼う動機として必須ではない可能性がある。

四つ目は、家畜の特性によるものだ。
牛の場合、母牛は目の前に子牛がいる場合によく乳を出す。子供を見せながら乳を搾るという方法が採られる。
ラクダ科の動物もそれは同じなのだが、リャマやアルパカの子供は牛ほどおとなしくせず、生まれてからの授乳期間が短く、必然的に乳を利用できる期間も短くなるのだという。

他にも、学者によっていくつかの説が唱えられていたが、理由は一つではないのかもしれない。これら複数の理由が組み合わさって、アンデスの家畜は乳を利用されずに来たと考えるほうが自然だと思う。いずれにせよアンデスの牧畜は、過去に乳利用が試された形跡さえない、ユーラシア大陸の牧畜事情とは全く異なる様相になっている。気が付いてみれば、なかなか面白いトピックスだ。


●あと、こんな論文も見つけた

南米ラクダ科動物の泌乳量調査
https://core.ac.uk/download/pdf/84995729.pdf

ほんとに乳の量が少ないから利用されなかったのか、量を測ろうとして苦労している論文。
母畜を追い回して見張らないといけないのは確かに大変だ…。