ギルガメシュはそんなことは言ってない。「森と文明の物語」

図書館が臨時休刊で手元に読む本が無かったので、適当にkindleでポチって読み始めた本なのだが、、、色々とツッコミどころがある内容だった。オススメする気もしないのでリンクは貼らない。
森と文明の関わりについての内容で、農耕や牧畜、都市や艦隊などを作るための材料として森が切り開かれ、失なわれていった、という話である。
しかし著者の思い込みによってストーリーが展開されている感が強く、情報が抜け落ちていたり、そもそも違っていたり、古かったりとあまり面白くはなかった。

まずダメなのが寒冷地の針葉樹林帯と温暖な地域の広葉樹林帯をごっちゃにしていること。寒冷地の森は豊かに見えても再生に時間がかかり、温暖であれば再生は早い。また森に木が沢山あるからといって、その土地が豊かとは限らない。森にも寿命があり、手つかずの古い森は新しい木が育たなくなりいずれ限界を迎えて自死するという概念も入っていない。

イースター島が単純な人間の木の伐採活動によって滅びたというのは少し古い説で、実際は人間とともに持ち込まれたネズミの活動のせいだというのが最近の説。

過去、森が豊かな土地で文明が栄えてきたのだから、これからも森の豊かな国で文明が栄えるはずだ、などというのは全く論理的な思考ではないし、産業革命以降の近代の歴史を理解しているようにも思えない。というか、森が豊かという意味なら日本は圧倒的に上位にいるはずなのに、日本は自然破壊しているからダメだとか書き出すあたりが何だかバブル期あたりの目線のようで古臭い。

近頃の人にとって森はレジャーでしか触れない遠い存在だ云々とか、よくある机の前でしか自然を語れない系の人ねはいはい…って感じで、わりとウンザリする。
というわけで根本的に考え方が合わない。

そこはまぁ人による話なのでしょうがないとして、ギルガメシュ叙事詩を引き合いに出しているところについては、「そうじゃねぇよ」とツッコんでおきたい。

まずこの本の著者は何故か、梅原孟の「ギルガメシュ」を頻繁に引用して、ギルガメシュの森林破壊について語っている。だがその本は ギルガメシュ叙事詩を元ネタにした二次創作 だ。

何で… 何でそれを資料に使う…??



ギルガメシュは「やがて森はなくなり、地上には人間と人間によって飼育された動・植物しか残らなくなる」なんて言ってない!




何がギルガメシュの言葉は我々に痛切な響きをもって語りかけてくる、ですか。標準語版にも他の言語のVerにもそんなのないですよ。それ梅原さんの、現代人の思考でしょ…。
勝手に古代人の言葉を創作しないでくれ。

ギルガメシュ叙事詩は確かに人間による自然破壊の物語として読まれることが多いが、読めばわかるとおり、ギルガメシュは己の名を上げるために、若者の肝試しのように香柏の森へ赴く。よくある英雄譚の展開だ。そこに「人間が自然を支配しようとしている」などと深読みするのは現代人の思考。つかまず神話の世界って、太陽神シャマシュだの天候神アダドだのバリバリの自然神が一杯出て来てて、人間はその神々に支配されてるんですが…。

森がある時は文明が栄えて、森がなくなると文明は衰退するんだ(ドャァ)も、そもそも森がないメソポタミアとエジプトで何故文明が栄えたのが説明出来ていないし、文明の最も栄えている時期は周辺の森林が減っているという事実と食い違うし、全然ロジックが成立してないんだよこの本…。

文明の黎明期には人が少ないから森林が多く、人が増えて文明の成熟期になればよそに遠征して材木を得るようになる、というのは自然な流れであって、別に森林資源があるから文明の発展するわけではない。

どこまでも感情論に終始してイマイチではあったが、ギルガメシュ叙事詩の内容を取り違えているところだけはちょっとどうかと思う。そんなに頻繁に引用するのなら、二次創作じゃなくて原典に忠実な翻訳を手にしてほしかった。


ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫) - 文夫, 矢島
ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫) - 文夫, 矢島

ギルガメシュ叙事詩 - 昭男, 月本
ギルガメシュ叙事詩 - 昭男, 月本