リアル「聖女の遺骨求む」アングロ・サクソンの王女Eanswythe

イギリス・ケントにイングランド最初(に近い時代)の教会を建てた業績で知られる王女、聖Eanswytheの遺骨と思われるものが見つかったという。生きていたのは7世紀。616年~640年頃とされ、10代後半から20代前半に若くして亡くなったことになる。ケントの最初のキリスト教王エセルバートの孫娘で、異教徒の王との意に沿わぬ結婚を拒否してフォークストンに建てた僧院に籠ったのだという。

Remains of Anglo-Saxon princess who could be the Queen’s earliest known relative discovered by scientists in Kent
https://www.independent.co.uk/news/science/archaeology/anglo-saxon-princess-eanswythe-kent-king-eadbald-royal-family-queen-a9382636.html

St Eanswythe.jpg

しかし不幸にもペストによって若くして落命。
埋葬場所は転々と変わり、なんだか不幸なことに新しい教会の祭壇横の壁の中に隠されていたとか。再発見されたのは19世紀、しかし当時は遺骨の身元を推測することは出来ても確定できず、結局地元の限られた人だけが知るものとして今まで眠っていた…とのこと。

最初に記事を読んだ時は、年齢や死因の鑑定、同位体の分析から出身地の特定など色々やると書いてあったので、「いやー聖人の骨にそんなことせんでも…同位体の測定するために歯に穴を開けるのはちょっと…」とか思っていたけど、そもそもの目的が「この骨が本当に聖人かどうか」を調べることだったのなら、それもまぁ、しょうがないのか。

13世紀あたりなら骨を所持して奇跡が起きるかどうか試せばいけたはずなのに、21世紀の現在では科学という手法に頼らなければならないというのがなかなか面倒な世の中になったものである。

なお調べた範囲の結果では、遺骨は聖女のものである可能性が非常に高い、となったようだ。
(DNAも調べるとか言ってるけど、それは必要ないと思うんだ…聖人と確定したんなら。)



彼女についての情報は、以下に詳しい。
どうもこの一族は女性たちが布教に熱心で、エセルバートの息子イードバルドは最初、キリスト教にはどちらかというと否定的だったとか。

St Eanswythe of Folkestone
https://aclerkofoxford.blogspot.com/2014/09/st-eanswythe-of-folkestone.html

フォークストンの修道院は設立者であり、もしかしたら最初の修道院長だったかもしれない王女の死後も2世紀に渡って維持されていたものの、海岸沿いにあったことが災いし、9世紀になるとヴァイキングの襲撃を受けて衰退し、結局放棄されてしまったとみられている。
現在見ることのできる教会は13世紀以降に再建されたものだそうだ。


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この記事を読んでて思ったんだけど、キリスト教徒、実は全然信心深くないんじゃね?
いや、もし日本で即身仏のDNAを鑑定するとか歯に穴あけて検査用の資料取りますとか言ったら、寺の関係者だけじゃなく一般の日本人もけっこうな数が激怒するよね? この聖女の地元の人たちは怒らないのか…?

身体というものに対する感覚が違うのかもしれないけど、なんていうか、聖人に対する扱いがエジプトのミイラに対するそれと変わらないのはちょっと衝撃。それともこれは、カトリックじゃないから問題ないもん! というイギリス人ならではのOKラインなのだろうか…。

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タイトルの「聖女の遺骨求む」はこちら。
修道士カドフェル・シリーズは中世ミステリ好きの必修科目となっているので、未履修の方はこの機会に。

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1) (光文社文庫) - エリス ピーターズ, 大出 健
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