水が無ければ、都市は作れじ。人はいかにして水を利したか「渇きの考古学」

日本は、世界的に見ても水に恵まれた地理環境である。日本に住んでいると、水不足は滅多に無く、水道をひねればいつでも水は使いたい放題だ。お風呂だって毎日入れる。降水量は世界平均の2倍ある。しかしそれでも、都市に集中して人が住めば、水不足は起こりうる。いくら雨が降ろうとも、水を貯めるダムや、周辺から都市に水を引き入れる水道が無ければ、その水を利用することは出来ない。また、都市の人口を養うための農作物も、家畜の育成も、工業製品の生産も、全て真水に頼っている。

そう、「水がなければ、都市を作れない」。
人が集住することによって文明が発生し、成長してきたのなら、その文明を支えてきたものは「水を利用する知識と技術」に他ならない。

渇きの考古学―水をめぐる人類のものがたり - スティーヴン・ミズン, <監訳>赤澤 威, 森 夏樹
渇きの考古学―水をめぐる人類のものがたり - スティーヴン・ミズン, <監訳>赤澤 威, 森 夏樹

この本は、水の利用が巧くいかず、あるいは水が不足する都市の多い現状を、古代の視点から眺め直してみようという趣旨の本だ。取り上げられる遺跡や古代文明は世界各地に散らばっている。どの文明も衰退あるいは崩壊して現代まで存続していないが、文明のいくつかの衰退理由は、水の制御に失敗したことによる。灌漑による土壌の深刻な塩化、増えすぎた人口に対応しきれなくなったこと、地震や旱魃による水利インフラの崩壊。
水を利用する方法や対処法も、それぞれの文明の特徴や自然環境によって様々だ。水路を作る、ダムを作る、水道橋や貯水槽のような建造物を建築する。

いずれにしても、池や川にある自然の水だけでは、人が集中して住む「都市」は作れない。文明とはまさに、水を利用する手段と運命を共にしているものなのだ。


網羅はしていないが、世界各地の幅広い文明に触れているため、読み応えはたっぷりある。またローマの水道橋の話のような古典的な話だけでなく、アンコール遺跡やマヤの遺跡の水利など、最近になって出て来た研究成果についても触れられている。水を制するものが都市を制する。古代人から学べることもある。分厚い本なので、興味のある遺跡の話から読んでもいいが、その場合でも最後の章は合わせて読むといいと思う。最後の章に、著者の言いたいことが全部まとまっているからだ。

遺跡好きにも、古代史好きにもお勧めできる一冊だった。



(誤字脱字がめちゃくちゃ多いのだけ難点。青土社の人文関係の本、いっつもそこのチェック甘いんで何とかしてほしい…)