ヒッタイト滅亡後のアナトリア、知られざる「王国」の石碑が発見される

トルコ中央部で、名前も分からない失われた王国の碑文が発見され、そこにはフリュギアのミダス王の敗北が記されていた…という、なかなかロマンのあるニュースが流れていた。しかもその碑文は農民が用水路に沈んでいるのを見つけたという。もしこの碑文の年代や解読内容に問題がないのであれば、ミダス王の史実としての姿を伝える証拠がひとつ増えることになるかもしれない。

か も し れ な い

…うん、まああの、なんだ。センセーショナルな記事に仕立てたい人はともかく、これ、あまりも断片的すぎて、そこに何か王国があったらしいってことくらいしか確定出来ない。

というわけで内容を整理しておく。


Archaeologists in Turkey Discover a Mysterious Ancient Kingdom Lost in History
https://www.sciencealert.com/giant-mound-in-turkey-discovered-to-be-mysterious-ancient-kingdom-lost-in-history

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前提として、アナトリアを広く支配したヒッタイト帝国は、前1200年頃に崩壊している。その後のアナトリアはヒッタイトのスキマを埋めるように四方から様々な民族が入って来て分裂した状態になる。フリュギアはその一つで、ヨーロッパ南東部からヒッタイト滅亡後にアナトリアに移住した、フリュギア人の王国だ。
ヒッタイトの生き残りはシリア北部に移動してネオ・ヒッタイトとして存続している。小国が幾つも存在していた時代なので、まだ判明していない王国が埋もれていたとしてもおかしくない。


見つかったのは、トゥルクメン・カラホユック(Türkmen-Karahöyük)という遺跡のあたり。場所は、地図で見るとアナトリアの南西部になる。

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詳細や発掘調査の内容などは、このあたりを参照。
1950年頃から発掘されていたのに記録が殆んどなく、改めて調べなおしてみたら思ってたよりデカいし何か重要そうな石碑も出て来たんでビックリ、ということらしい。
http://www.krasp.net/en/results/turkmen-karahoyuk/

碑文はルウィ語で書かれている。かつてアナトリアで広く使われていた言葉だ。

ルウィ語については以前調べた記事があるのでそちらを参照。
https://55096962.at.webry.info/201208/article_15.html

かつては象形ヒッタイト文字と呼ばれていて、ヒッタイト語を象形文字で書いただけだと思われていたけれど、実は同系列の別言語だったと分かったため、近年では「ルウィ語」という別の名前に変わっている模様。中央アナトリアでより多く使われていたが、トロイあたりでも出土があるため、おそらくかつてはアナトリア全体で使われていたと考えられる。

碑文の中では、ミダスという王がハルタプという王に捕らえられた、という内容が書かれており、時代的に8世紀ごろのものと考えられるという。

これは史実のミダス王のいた頃とほぼ一致する。また地理的にフリュギアに隣接する場所のため、「ここに書かれているミダスとはあのミダスに違いない」という推測が、ミダス王の最期が明らかに! のようなセンセラーショナルなタイトルの記事の大元になっている。
ただし現時点ではあくまで「~かもしれない」としておくのが無難だろう。

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※フリュギアの領域がはっきりわからないため、本によってわりと場所がズレている。もうちょっと南西のほうにあったとする説や、中央アナトリアに近い場所に置いてる場合もある。


なお、神話のミダス王は触れたものすべてを黄金に変えたという伝説で有名だが、史実のミダス王はフリュギア王国「ムシュキ(都市名)のミタ」という名前で知られている。717年にカルケミシュの王と共同でサルゴン2世に反乱を起こして失敗したことが知られている。史実としてのミタ王の記録は709年の朝貢のものが最後だ。

ハルタプという王については、名前からしてヒッタイトと同系列になる。ヒッタイト崩壊後にシリア北部からアナトリア南部にかけて生き残っていたネオ・ヒッタイト(シリア・ヒッタイト)の領域は、実は今知られているよりもうちょっと西の方まで伸びていたのかもしれない。おそらく、今回見つかった王国は、ネオ・ヒッタイトの枠内に追加されるべきもう一つの小王国だ。

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だとすると、この王国もやはり8世紀末ごろにはアッシリアに呑まれて消えてしまったのではないかと思われる…。


というわけでこの件は、ミダスが伝説のミダスなのかどうかはオマケ的な感じの話で、歴史地図に王国名が1つ増えるよ、という話のほうがメインだと思う。今のところは。

もしここに書かれているミダスがフリュギアの最も有名なミダス王のことだとすれば、ミダス王は侵入してきたキンメリア人に滅ぼされたとする今まで知られていたストラボンの記述とは食い違うことになるので、最期が明らかに! と高らかに謳えないのも事実。

それにしても、用水路の中にブッ込まれてる石から明らかにされる歴史があるとは、相変わらず、トルコさん広すぎて調査追い付いてないんだな感があるなぁ。



※碑文に出てくるハルタプという王は、「ムルシリの息子ハルタプ」とは別人のはずです。
何でかというとムルシリ王はおそらくヒッタイトのムルシリ3世だから。ヒッタイトは紀元前1200年頃に滅亡しているので、時代が400年くらいズレてます。ただ同名なので、民族・言語的に近かったはず…までは言える。