都市まで作ったのに文明未遂に終わった北米各地の文化の謎。

四大文明、という言葉はもう古い、と言われるようになって久しい。文明の数は四つどころじゃなくてかなり多いというのが最近の説なのだ。しかしその中でも、何を文明としてカウントするかは人による。中には、文明なのか文明じゃないのか微妙なものも沢山ある。
その中の一つに北米のインディオ文化がある。

「カホキア文明」と文明として扱われるものもあれば、「ホホカム文化」のように文化として扱われるものもある。
共通するのは「都市は作っていた」「水の制御や農耕など集住の条件も整っていた」「遠方と交易もしていた」――なのに「何故か成熟した文明に至らず自然崩壊してしまった」。

ここでも「成熟した」文明とは何かという定義が難しいが、たとえば権力者が登場してすごい墓を作るとか、文字が出来るとか、文明と胸を張って名乗れる何かが薄い、ということだ。ちなみにカホキアもホホカムも都市の名前だが、どちらも最近まで忘れ去られていた。

カホキアの人々は巨大なマウンドを築いていた。しかし都市文明まで辿り着いておきながら、あと一歩のところで衰退して二度と再興されなかった。

北米最大の先史都市カホキアの謎に新事実
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/052100110/

ここにあるように、都市の衰退は気候変動が衰退の原因では? という話もある。
しかし気候変動で衰退しても再興された都市はあるし、同じ場所に一部を引き継いだ別の文明の都市が成立することもある。きれいさっぱり消えてしまったということは、都市市民のようなアイデンティティや都市への依存度は低かったのだろうと思う。

ホホカムの人々もマウンドを築き、運河システムを整備していた。しかし栄えていたのはたったの100年ほどで、その後は都市は打ち捨てられてしまう。こちらもおそらく旱魃や洪水といった気候変動の影響で衰退したと考えられているが、彼らはほとんど何も残すことなく、都市以前の生活に戻ってしまった。

文明として成立する一つの条件に、衰退したあとに残す影響の大さもあるように思う。他の地域の文化に伝播する力があるかどうかも文明の条件なのではないだろうか。要するに、何も残さず消えていくのは、文明まで達していない。文明と呼ばれるものは、おそらくほぼ全てが、たとえ衰退しても完全に消えてしまわずに、どこかに何かを残していったと思う。

現在、南米の文化圏はアンデス地域とインカ・アステカ地域の2つが数えられることが多いが、北米南部のカホキアやホホカムが文明としてカウントされることは少ない。

彼らが独自の文明と呼べる状態まで辿り着けなかった理由は、何なのだろうか。都市までいってて、巨大建造物を作るだけの指揮系統もあって、あと一歩だったと思うのだが…。単に旱魃のタイミングが悪すぎたのかもしれないが、何かそのへんに、文明が育つことの出来た地域と、途中で崩壊してしまった地域の差があるような気がしている。