ミイラの死因判定まではいいが、そのDNA鑑定は余計だろ… 古代エジプトミイラの鑑定で注意すべきこと

古代エジプト、第25王朝の時代に生きたタカブティという女性のミイラについて、CTスキャンの結果、死因は刺殺と考えられる、との2,500年ぶりの"検視結果"が報告された。

Shocking truth behind Takabuti’s death revealed
https://www.manchester.ac.uk/discover/news/shocking-truth-behind-takabutis-death-revealed/

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日本語記事
2600年間謎だった女性ミイラ「Takabuti」死の秘密が判明
https://news.livedoor.com/article/detail/17730645/

狩所のプロフィールなどについては記事に詳しく出ているので省くとして、ここでは記事後半の、「DNA鑑定の結果、ヨーロッパ人に近いと分かった」という部分にツッコんでいきたい。

今回の話は、ミトコンドリアDNAのハプログループが「H4a1」で、このタイプがヨーロッパに多い、という話なのだが、より正確には「母親の一人が、エジプトでは少なかっただろうミトコンドリアのタイプを持っていた」という話。ミトコンドリアは母親からしか遺伝せず、かつ変異が早いため、様々なタイプが存在する。
調べてみると、H4は現在発見されている最も古い時代がイベリア半島で、おそらくHタイプの中でも西ヨーロッパのどこかで分岐した型だろう、と言われている。現代では、バスク人や中央ヨーロッパで多いという。
https://www.eupedia.com/europe/Haplogroup_H_mtDNA.shtml

そのため「ヨーロッパ人に近い!」という話になったのだろうが、母親がこの型のミトコンドリアを持っていたというだけではヨーロッパ人とは言えない。なぜなら、…父親の情報は何も分からないからだ。

このミトコンドリアDNAから言えることは、彼女自身がヨーロッパ人に近かったということではなく、「先祖の一人が現代でいう西ヨーロッパ方面から来た可能性がある」「その祖先から女系で受け継がれたミトコンドリアを持っている」ということだけだ。

この話は、たとえば日本人に置き換えてみれば判ると思う。
いま日本に住んでいる人たちのミトコンドリアDNAは人によって、北回りで日本に来たと思われる人たちの型、東南アジア経由で来たと思われる人たちの型、中国など大陸からやって来た人たちの型など様々だ。北回りで日本に来た人たちの型を持っている人はシベリア人の子孫だとか、シベリア人に近いだとか言えるだろうか? 答えはNOだろうし、実際の見た目だって特にシベリア人に近くはない。そう、それは細胞内に住んでいるミトコンドリアが持っている、ミトコンドリアのDNAの型に過ぎないからだ。

そしてそもそもの話をすると、古代エジプト第25王朝はアフリカ南部のヌビア人が築いたクシュ王朝の時代で、いわば外国人王朝。その頃のエジプトは、東西南北から外国人が大量に入ってきている時代だ。

北は東地中海を挟んでギリシャなど。東はシリア・レバノンやメソポタミアなどからの往来がある。また西はリビア、南はクシュ王国などアフリカ内部からもエジプトに人が入ってきている。
純粋なエジプト人などいない。実に多種多様な人々が行きかっていた世界だ。

そして紀元前7世紀時点で、西ヨーロッパとエジプトを繋ぐことのできる道も存在する。
カルタゴ人による海洋貿易の航路だ。

これは以前、アイルランドで出土しているエジプト製のファイアンス・ビーズの輸入経路をたどっていた時に気が付いた。
カルタゴは、イベリア半島とエジプトを繋ぐルートを持っていたのだ。ミトコンドリアDNAのH4タイプはイベリア半島~サルデーニャ島あたりが起源地と考えられているようなので、ちょうどこのルート上に重なる。

https://55096962.at.webry.info/201707/article_8.html

もしかしたらこの女性の母方の祖先は、カルタゴ商人の船で北アフリカに渡ってきた人だったのかもしれない。
と、具体的に検証してみると、「ヨーロッパ人に近い」という表現がいかに大雑把かということが分かると思う。うっかり専門家に中世ヨーロッパって言うと「中世って具体的にいつ? ヨーロッパのどこ?」とか鬼詰めされるだろ? それと一緒だよ! ヨーロッパって、いつどこのヨーロッパだよって話ですよ。


と、まぁこんな感じで、エジプトミイラのDNA鑑定で人種とかの話が出てくるやつはツッコみどころがけっこうある。
エジプトはアフリカかヨーロッパか? みたいな議論すらいまだに見かける。そういう区分が無意味で、アフリカもアジアもヨーロッパも全部入りのポジションなんですけど…。

言っちゃなんだけど欧米のエジプト学って無意識化にごく当たり前によくわかんない白人至上主義みたいな固定概念が入ってたりするんで、特に人種とかDNAに関する話は丸のみしないほうがいいっす。


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もう一つ例を出して、エジプトに来ていたケルト人の話をしよう。
ケルト人は中央ヨーロッパから西へ西へと移住していって最終的に黒海沿岸に住み着いたことが知られており、途中でエジプトに傭兵として雇われた集団もいたからだ。

エジプトに来ていたケルト人? ファイユームの盾に秘められたドラマ
https://55096962.at.webry.info/201301/article_21.html

この人たちの子孫のミイラが発見されたとすれば、DNAを調べればもちろん中央ヨーロッパの要素は出るだろう。しかしだからといって、彼らがエジプト人ではないわけではないし、ルーツの一つがかつて傭兵としてわたって来たケルト人だったというだけの話になる。DNAは歴史の結果だが、歴史そのものではない。それが何を意味するのか、なぜそういう結果になったのかは、考古学や歴史と組み合わせなければ見えてこないのに注意したい。