科学的な興味と冒涜のはざま。3000年前のミイラの声を再現する試みが行われる

各種のソースなどは日本語記事からリンクされている。ミイラの声帯を3Dプリンターで再現(!)することにより、「死者の声を蘇らせる」とか「3,000年前の声を呼覚ます」とか表現すると、ネクロマンサーっぽい響きになる。

3000年前のミイラの声を再現
https://gigazine.net/news/20200124-voice-3000-year-old-mummy/

Egyptian mummy speaks again after 3,000 years
https://www.livescience.com/ancient-egypt-mummy-voice-reconstructed.html

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この人物は、ラメラス11世の時代に生きたネシアムン(Nesyamun)という、神官・書記。テーベのカルナック神殿(現代ルクソール)に勤務しており、50代半ばごろに、おそらく何らかのアレルギー反応で死亡した。重度の歯周病と歯の摩耗に苦しんでいたようだが、これは砂粒まじりのパンを食べていた古代エジプト人には一般的な病だ。
1823年にイギリスリーズ市博物館に収蔵。現在に至る。



しかし、よく読めばわかるとおり、これは古代人の声そのものを再現「出来た」わけではない。何故なら、使ったものは3,000年の時を経て劣化した、乾燥処理された遺体だから、である。声道は既にひしゃげているし、舌など重要な器官もほとんど残っていない。そして、同じ一人の人でも、喋り方や発生の癖によって声が違って聞こえることは、自分自身の経験から分かると思う。

だからこれは、「だいたいの傾向は判るかもしれないが、本人が生前に喋っていた声からは程遠いだろう」という前提のもと、ひとつの試みとしては面白いかもしれない。という程度の理解に留めておいたほうがよさそうだ。もしかしたらいつか、死者の「発声能力」をより正確に再現出来る技術は発明されるかもしれないが、古代人に関する限り、それはあくまで基本的な声の質の再現にとどまり、故人が話していたようには出来ないだろうと予想する。

面白いのは、これまでの死者の声の再現が、主に頭蓋骨からの「顔の再現」によって行われていたところに、声道を3Dプリントで再現するという方法が生まれたこと。新しい挑戦的な試みについては評価したい。ただ、絶滅した動物でやるならともかく、個体差の大きい人間に対して、人間の生の死体でそれをやる必要があったのか、という点は疑問だが。

この試みは、死者の冒涜に当たるのではないか、という批判は、既に予想されていた。というか私がこのニュースを最初に見た時に浮かんだのも、「これは故人をもてあそんでいるだけなのでは?」ということだった。特にエジプトは、自国から持ち出された遺物の扱いに対して煩いので、この件にも文句をつけるのではないかと思われた。

しかしさすが言い訳もとい必要な理論武装は事前にするのが得意なイギリスさん、
「Nesyamun’s own words express his desire to ‘speak again’」
と言っている。

つまり彼のミイラが収められた棺に書かれた呪文の中に、死後にも神々に対し奉仕すること、祝詞を捧げることを希望していたと書かれているのだから、「これは彼の望みをかなえてあげているのだ」という解釈である。

https://www.nature.com/articles/s41598-019-56316-y

"Since human remains have unique status not as ‘objects’ but as the remains of once-living people (see SI), it was also necessary to consider the ethical issues raised by the research and its possible heritage outcomes15,16. The team concluded that the potential benefits outweighed the concerns, particularly because Nesyamun’s own words express his desire to ‘speak again’ and that the scientific techniques used were non-destructive."



いやー、さすがにその発想はなかった。ある意味さすがだなと思ったけどw

これは、古代エジプトの死後の世界をどう解釈するか、という話でもある。古代エジプト人は「死後も生き続けること」を願っていたし、その願いを墓や棺にたくさん書きつけた。しかしそれらは、「死後の楽園において魂が永遠であること」、「死後の世界で生前の生活を繰り返すこと」ではなかっただろうか。少なくとも、ゾンビ化してこの世に蘇ることは望んでないし、神に奉仕するというのも、うつろいやすい生者の世界ではなく、不朽の死後の世界での話ではなかっただろうか。
「永遠に生きていたい」と言ったとしても、別にその「生きる」って、ガチで生きるのではないだろうしさ…。


現代人の解釈はどうあれ、もしかしたら、ネシアムンは今ごろ死者の世界から「違う、そうじゃない」と、ツッコんでいるかもしれない。


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既にこの世にいない生き物の声を再現する、という試みは、人間以外の動物ではすでにいくつか行われている。人気なのは恐竜の鳴き声だと思う。
次に出てくるとしたら、今流行りのDNAの分析による身体の再構築+声の再現かなーと思うが、そこまでいくとさすがにクローン作るのと変わらない倫理的にヤバい技術になりそうだ…。