カレリア地方に伝わる葬送哀歌とその記憶「トゥオネラの悲しい唄」

トゥオネラとは、フィン族の神話で「死の国」のこと。偉大なる始祖の支配する冥界で、フィンランド叙事詩「カレワラ」にも登場する。カレリアはフィンランドとロシアの間にあり、現在はロシア支配下。ちなみにフィンランドの国民的叙事詩とされる「カレワラ」の多くの断片はカレリアで採集されていて、フィン族の古い伝統がより強く生き残っている地域と言えるかもしれない。(それでも、この本に出てくる研究内容の多くは「1970年代頃」のもので、現在では途絶えるか変化した風習も幾つか見られた)

トゥオネラの悲しい唄
トゥオネラの悲しい唄

この本で紹介されているのは、死者が出た際の葬送で「泣き女」と呼ばれる女性たちが歌う哀悼の唄のこと。泣きながら死者に呼びかけるような内容になっている。必ず女性によって歌われること、タブーがあり自由に歌われるものではないこと、ヴァイキングの詩で言うところの「ケニング」のようなメタファーや言いかえが多く使われること、などが特徴だ。たとえば母を呼ぶときに「私を孕んだ人」という言い方をする。また、「死」という言い回しは厳禁で、それ以外の言い方で表現する。「先祖に呼ばれる」などだ。

唄の中には、死者の魂が鳥(おもに白鳥)になることや、先祖たちや先祖の持ち物が「白い」と表現されることなど、別に研究されているこの地方の神話との共通点も多く、興味深い。また、地域柄、ロシア神話とも北欧神話とも一部の概念がかぶっているのも面白いなと思った。たとえば死者が白鳥になることや、「船に乗って」死者の国へと送り出される、という概念など。

葬送哀歌の研究が難しいのは、歌われる場面が限られていて実際に唄われている場面を見ることが稀なこと、それ以外の時に唄ってもらうのが難しいことにあるという。また、カレリア内でも北と南で習慣が異なるなど、地域差も大きそうだ。
さらにキリスト教化→近代化という流れの中で、哀歌や葬送儀礼の内容自体も急速に変わりつつあるという。かつては始祖のおさめるトゥオネラに行くとされていた霊が、天使の待つ死者の国に行くことになり、歌の内容もそれに合わせて変わっていたりする。

もちろん風習や文化というのは時代ごとに変わっていくのが当たり前なので、それ自体は仕方がない。だからこそ、失われゆく時代の風習を記録した研究本は貴重だと思う。


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おまけでエリアス・リョンロット編纂の「カレワラ」も。
本の中ではちょっとだけ触れられていた。カレワラには、結婚歌謡は入っているが、葬送哀歌は入っていない。

フィンランド叙事詩 カレワラ〈上〉 (岩波文庫)
フィンランド叙事詩 カレワラ〈上〉 (岩波文庫)

カレワラ 下―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-2)
カレワラ 下―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-2)