プトレマイオス4世の神殿、下水道工事中に発見される。

日本でいう京都のごとく、エジプトの地下はことごとく遺跡まみれなので、掘れば何かが出て来てしまう。
今回は、Tamaという町の下水道の工事中に神殿が出てきちゃったぞという話。作ったのはどうやらプトレマイオス4世。日本ではかなりマイナーな王様である。なのでニュースとしては地味なのだが、情報を組み合わせると面白そうなものが見えてくるので補足を入れてみる。

Ancient Egyptian Temple from Reign of King Ptolemy IV Unearthed Along Nile River
https://www.livescience.com/ptolemy-iv-temple-ancient-egypt.html

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この神殿の見つかったナイル西岸の町は、かつて上エジプトの第10ノモスの州都だった場所だという。州都の古代エジプト語名はウアジェト、ギリシャ語名はアフロディトポリス。つまり、当時の首都アレキサンドリアからはずいぶん南の、言っちゃなんだがド田舎にわざわざ神殿を作っている。

何でそんなところに作ったんだという疑問がわく。

さらに判っている神殿の内装からはナイル河の神ハピのレリーフが見つかっているようで、この神殿はナイルの神に捧げられたものだった可能性がある。

ここで思い出すのは、プトレマイオス4世がナイルの行幸用に「タラメゴス(Thalamegos)号」という巨大な船を作らせていたという記録だ。もちろん実物は現存しないが、この王様に辛らつな評価を下した同時代のギリシャ人がサイズや見た目の記録とともに「無駄遣いしすぎ」というコメントを残してくれているので、どうやら本当に巨大な船だったらしい。

※予想図

Thalamegos_Nicolaes_Witsen_1671.jpg

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ただのお遊びのためだけにこんな豪華な船を作ったのなら、確かに無駄遣いしすぎである。
しかし、この王の治世の不安定さや、戦争費がかさんでいるはずなのに巨大な船をいくつも(そう、タラメゴス号以外にも作っているのだ)建造していることからして、もしかしたら内政のため、つまり王の威光を示すために、敢えてゴージャスすぎる船を作ってナイルを北から南まで行幸して見せた可能性はないだろうか。…今回の、上エジプト第10ノモスに作った神殿も、王の威光を田舎まで伝えるためのものだったのでは。そう、かつてラメセス2世が、辺境に威光を知らしめるためにアブ・シンベル神殿を築いたように。



とまぁ、まだ発見されたばかりで何も情報はないところに想像力を逞しくしてみた。
プトレマイオス王朝は最初の数人と最後の数人くらいしか有名じゃなくて、真ん中あたりの人たちが地味オブ地味で資料もほとんど無いんだけど、いちおう、王朝継続してる以上はそれなりにそれなりだったはずなんですよ。たとえ官僚任せだったにしても、めちゃくちゃではない。じゃないと、周辺諸国が力をつけている中で生き残れませんので…。カルタゴよりあとまで生き残ってるのは伊達じゃないですんで…。



というわけで、これも続報まちリスト入りですかね。いやーエジプトは掘れば掘るほど色々出て来て情報に追い付けないっすねー。