シュメールの都市まとめ「ウルク」とウルク期について

ウルクはイラク南部、ユーフラテス川に面した場所に存在する都市。
シュメール語の都市名はウヌ(グ)で、アッカド語での名前がウルク。実はよく知られている名前はシュメール語ではない。
旧約聖書ではエレクという名前で知られ、現在名はワルカ。
紀元前5,000~4,000年の間を都市文明誕生の前夜、「ウバイド期」というが、その終わりごろの時代から人が住み始めた形跡がある。ただし地下水の水位が高いため、いちばん最初に人が住み始めたあたりの時代の地層だけは調査されておらず、あくまで暫定の年代になる。

この遺跡の調査の歴史は非常に長い。最初の発掘が1849年ドイツ隊。
調査されている内容から、居住区や神殿が時代を経て巨大化していくさまが見てとれ、長年かけて発展していったことが伺える。天の神アヌとその娘イナンナ女神を祀った神殿は初期の頃から存在していた。

ウルクが都市として重要になってくるのは、この都市が標準遺跡とされて名前の由来となっている「ウルク期」。ウバイド期に続く時代区分で、紀元前4,000年~3,000年あたり。ウルク周辺の文化がメソポタミア南部から北部へと伝播していくため、メソポタミア北部でのウルク期の始まりは南部より少し遅れる。名前の由来にはなっているが、この時代、とくにウルクが覇権を握っていたとか地域を統一していたとかいうわけではない。調査されている遺跡の中で一番目立つ(分かりやすい)から時代名になっている。

ただ、目立つのには理由があり、のちの都市国家の枠組みのいくらかはウルクで発明・開発されたと考えられている。たとえば楔型文字の原型がその一つだ。ウルクを中心とした初期の大都市は交易ネットワークで結ばれ、近隣の地域へも強い影響を及ぼしていった。
以下は、同時代の主力だった都市群と、その影響の広がりを示した図。

1024px-Uruk_expansion.svg.png

ウルクの初期都市国家の年表の中で注目すべきは王は二人。ルガルキギネドゥドゥとルガルザゲシ。どちらも、周辺の都市国家を併合して統一王朝をたてようとした王だ。

・ルガルキギネドゥドゥ(Lugal-kiginne-dudu)
ウルを併合、自称はキシュの王、エンメテナと同盟、ニップル進出、シュメール都市国家統一の先駆けと言われるハイスペック王。ウルを併合しているのでウルの王でもある。

・ルガルザゲシ(Lugar-zagesi)
ウンマの王、のちにウルクの王になる。つまり兼任。
南メソポタミアを統一したが、その後、アッカド王朝のサルゴンに敗北。アッカド王朝支配下の都市となる。
アッカド王朝の次はウル第三王朝、イシン・ラルサが覇権争いをする時代、と戦国の世が続く。

というわけで、結果からすると残念ながら天下は取れなかった。


ざっくりまとめると、ウルクの歴史は以下のようになる。

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紀元前 5,000-4,000年
人が住み始める。都市文明の前夜

紀元前4,000-3200年ごろ
都市が成立、都市文明を発展させる

紀元前3,200-2,300年ごろ
多くの都市国家の中でも重要な大都市として存続

紀元前2,300年ごろ-2,000年ごろ
アッカド王朝成立→ウル第三王朝成立→イシン・ラルサ時代→バビロン台頭
戦国時代の中で次第に重要性を失っていく

紀元前2,000年ごろ-
衰退期

紀元前1,500年ごろ-1,000年ごろ
少し勢力盛り返す

そのあとは大国や帝国が台頭してくるので、その時代ごとの版図に組み込まれる。
サーサーン朝ペルシアに属した頃くらいまではそこそこ人が住んでいたようだが、それ以降は放棄され、アラブ人がやってくる頃には村落レベルになってしまう。
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こうして見ると、ウルク期こそ時代の名前になっているものの、その後はトップに立てなかったことが良く分かる。
なんか統一国家作ろうとしてリーチまではいったんだけど一度も上がれないまま三番手以下につけて終わった感じ…。

シュメール人が主人公だった時代の華を開かせた立役者の一端ではあるが、全盛期は意外と短かく、「シュメールの都市」と呼べる期間もそう長くはないのであった。


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ウルクといえば、ウルクの王ギルガメシュが有名だ。

彼は今のところ伝説上の人物で、実在を証明する証拠はない。が、「ギルガメシュとアッガ」という詩でギルガメシュと共演しているアッガ王がエンメバラゲシの息子となっているため、もし実在したとしたら、エンメバラゲシ王のいた紀元前26世紀ごろ、つまり初期都市国家時代の最初のほうにいたのではないかと考えられる。
そうするとウルク期はもう終わりかけの頃になる。

ギルガメシュの実在については実在したよ派と神話上の存在だよ派がいるが、今のところ実在の証拠がなく、神話以外で表現される形は常に「神になった祖先」という扱いであることから、過去に実在していたルガルキギネドゥドゥあたりの目立つ王の記憶が漠然とした祖霊のイメージとして伝承された結果の可能性もある。いずれにせよ、実在したと断定する記述を信頼できる根拠が薄い。

また、実在していたとしたら、その時代の他の都市との関係を考慮しなくてはならないのが厄介だ。叙事詩どおりエンメバラゲシの次の世代に実在したとするならば、鬼時叙事詩に書かれているとおり、ウルクはキシュの配下にある都市だったことになる。また、王が従者と二人ではるばる北のレバノンまで遠征したとして神話は現実に起こりえただろうか。そんなことしてたら留守の最中に都市が襲撃されるだろう。

伝説は伝説として、歴史は歴史として分けて考えたほうが無難だと思う。