かつてのインダス文明に住む人々の現代の刺繍技術について

なぜか手芸コーナーに紛れ込んでいたフィールドワークの本。インドのラバーリーと呼ばれる集団(部族のようなもの)が持つ刺繍・パッチワーク技術を住み込みで習った話なので、民俗学とかそっち系なのだが…。

インド染織の現場 (フィールドワーク選書)
インド染織の現場 (フィールドワーク選書)

というわけで、出会う予定ではなかったのに出会ってしまった本である。
インド染織というタイトルになっているが、実際はインド全般の話ではなくインド北西部のパキスタンとの国境に近い場所。ちなみにインドとパキスタンの間の国境は例によってイギリスさんが関わって引かれた便宜上のものなので、国境をまたいでも住んでいる民族や言語ががらりと変わるわけではない。

katch.jpg

テーマになっているラバーリーの住むこの辺りの地域は、かつてインダス文明が栄えた場所である。かつて、といってももう何千年も前なのだが、おそらく民族として大きく入れ替わったわけではなく、文化の輪郭も生きているのではないかと思う。その一つが、厳格なまでの分業制だ。

インダス文明特有のカーネリアン・ビーズは、石を採掘する人、ビーズの形に削りだす人、仕上げに研磨する人、ビーズに穴をあける人、ビーズにひもを通す人、など、各工程を異なる集団が担当していたと考えられている。

インダス文明といえばカーネリアン。その製造過程は複数民族の共同作業だった
https://55096962.at.webry.info/201901/article_12.html

ラバーリーの刺繍も同じように厳格な分業制で成り立っており、刺繍はラバーリーの女性が行うが、布や糸は作らない。同じ村に住んでいる、織物をするワンカルという集団はラバーリーからは非接触部族とされているらしい。またラバーリーの中でもラクダの腹帯は男性の仕事とされるなど、やるべき仕事とやってはいけない仕事が細かく分かれている。現代インドのカースト制度の元は古代の分業制にあるのではないかという説もあるが、この本で出てくる内容からして古代人の社会にも当てはまると思われるところは少なくない。

刺繍の技術にも細かいルールがあり、伝統的なモチーフ(オウムなど)や、自由に作られた近代のモチーフ(自転車など)が入り混じり、使う布の色合いも時と場合によって決まっているらしい。極度に抽象化された刺繍の模様は、なんとなく文字のようにも見えるから面白い。

食生活や結婚に関する取り決め、異なるコミュニティとの付き合い方や女性の人生の中に占める刺繍技術の位置づけ。
彼らの暮らしが何時頃から今の形態なのかはわからない。すくなくとも、古代にラクダは確実にいなかっただろう。もともと古代の手がかりが欲しくて手に取った本だったが、かつてのインダス文明地域の現代も面白かった。