「オールドマスターの黄色」は古代エジプトの時代から。壁画に使われた色彩研究の新事実

紀元前6世紀のアプリエス1世の宮殿の壁画の破片から色を採取してて、今まで知られていなかった顔料を発見した、という記事が出ていた。
発見されたのはlead-antimonate yellow(アンチモンイエロー) とlead-tin yellow(鉛錫黄)。今まで中世西洋の絵画から使われ出したと思われていた色だそうで、調べてみると前者は「オールドマスターの黄色」と呼ばれている、中世西洋絵画の巨匠たちの使っていた代表的な色だった。それが2000年も前の紀元前6世紀のエジプトの宮殿で使われていたとすると、これはなかなか美術史的にアツい発見だと思う。

Discovered: Unknown yellow colors from antiquity
https://www.eurekalert.org/pub_releases/2019-10/uosd-duy101519.php

検出元の破片はメンフィスに築かれたもので、コペンハーゲンの Glyptoteket Museum が所有していたもの。発掘はフリンダース・ピートリによって1908年~1910年に行われている。調査に使われた破片の写真は、元論文のほうにあった。

Painting the Palace of Apries I: ancient binding media and coatings of the reliefs from the Palace of Apries, Lower Egypt
https://heritagesciencejournal.springeropen.com/articles/10.1186/s40494-018-0170-9

Painting the Palace of Apries II: ancient pigments of the reliefs from the Palace of Apries, Lower Egypt
https://heritagesciencejournal.springeropen.com/articles/10.1186/s40494-019-0296-4

1つめの論文が2018年、2つめが2019年。
黄色が発見されたよ、という話は2つめの論文のほうに書かれている。なお、2つめのほうはタイトルが Apries II となっているが、アプリエスという名前の王様は1人しかいないので、これは「1世」「2世」の意味ではなく続きの論文の1と2という意味。

yellow.PNG


ちなみにアンチモンイエローと鉛錫黄の色合いサンプルはこちら。

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参考までに、古代エジプトの壁画でよく使われている黄色は黄土(Yellow ochres)。
つまり黄土色なので、これはみんな想像つくと思う。古代エジプトでは、金色の表現をするときに好んで使われていた色だ。

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記事の最後のほうに、他に検出された色についてリストがあるが、エジプシャン・ブルーなどお馴染みの色も発見されていて、今回の2色の黄色だけが今までエジプトで使われていたとは知られていなかった色ということになるらしい。

"Lead-antimonate yellow and lead-tin yellow have so far only been found in paintings dating to the Middle Ages or younger than that. The oldest known use of lead-tin yellow is in European paintings from ca. 1300 AD. The oldest known use of lead-antimonate yellow is from the beginning of the 16th century AD."


とのことで、今回の発見が妥当なものであれば、色の使われ始めた歴史を軽く2000年遡ることになる。

なんで中間の時代のが残っていないのかというと、多分だけど、黄色は劣化しやすくて、エジプトのように乾燥した気候じゃないと色が残りにくくて検出されてなかったんじゃないかと…。
今回の調査でも、残りづらい接着剤(アカシア由来の植物性ゴムとか卵白)まで残ってる、という話が出ていた。また、蜜蝋は黄色の領域に選択的に使われていそうだ、とも。

検出されている成分の残り具合が2500年以上前とは思えない良好さで、なんていうか、毎度のことながらエジプトさんモノの残りが良すぎるなぁ…。

ちなみに、このアプリエスという王様がいた時代というのはエジプトが新バビロニアの大王ネブカドネザルと覇権争いをしてフルボッコにされてた頃だ。第二次バビロン捕囚が起きてエジプトに大量の亡命ユダヤ人が流れ込んでいた頃でもある。また、アプリエスの古代エジプト語での名前はハァイブラーで、エレミア書に「エジプトの王ホフラ」と書かれているのはこの王様だと考えられている。

そのくらい昔の宮殿の色がきれいに残っているという奇跡。

分析技術はどんどん向上しているので、これからも各地の博物館や大学などが所有している遺物を分析しなおせば新しい発見があるかもしれないね!

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おまけ

アプリエス王のデータ
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/farao_26th_05.htm

聖書関連で有名なのかと思ったら日本じゃすげーマイナーな王様だったわ…。
検索してもうちしか出てこねぇ…。