シュメールの都市遺跡「キシュ」についての資料

だんだん自分用の資料になってきたけどとりあえず纏めたいのでキシュについて。

都市名はシュメール語/アッカド語ともにキシュ(kish)、現代名はウハイミル(Uhaimir)。
隣接するフルサグカラマ(Hursagkalama)=現代名インガラ(Ingarra)との複合都市を形成していた。

kish.png

この都市があるのはバビロンから東に15kmほどの場所。なので「場所としては」アッカド地域になる。(民族/場所/言語としての「シュメール」の違いは★こちらを参照)
紀元前5,000年のウバイド期から居住の痕跡があり、放棄されたのは紀元後6世紀ごろ。つまり、5,500年ほどの歴史が積み重なった歴史ある場所ということになる。
主な発掘調査は1912年のゲヌラック、1923~33年のラングドン&マッケイ。

資料が山ほどあるにもかかわらず、シュメールの都市国家の時代に限定すると意外と少ない。
まず、良く知られている大量の粘土板は古バビニアの時代のもの。キシュには書記学校があり、前2,000年~1600年頃にかけて活動していたからだ。粘土板がまとまって出てくる場所はたいてい書記学校か図書館なのだ。

神殿遺構は新バビロニア、宮殿はサーサーン朝。シュメールの都市国家が派を争っていた初期王朝時代に作られたものは、紀元前2,500年頃に築かれた、ザババ神のためのジッグラトの基盤や、プラノ・コンベックスと呼ばれる行政施設、A丘の王宮あたり。ただし、現在見えているジッグラトは新バビロニア時代に作り直されたものだ。遺跡のはじまり自体は古くても、そこが何千年もに渡って使われ続けていると、出て来た遺構がいつの時代のものか特定するのが重要になってくる。

それと洪水に見舞われた痕跡も出ている。洪水は、チグリス・ユーフラテスという二本の川の上流で大量の雨が降ることによって引き起こされる。これは何度も発生しては川の近くの都市に大きな被害をもたらしたようで、発掘すると洪水による堆積層がはっきりと分かる。この実際の災害が、メソポタミアに伝わる洪水伝説の原型になったと考えられている。



シュメール語で「キシュの王」といえば、シュメール世界全体を支配する権力者という意味も持つ。これが全ての場合において事実とは限らないのだが、キシュを支配下に置くということは、日本でいうところの京の都を抑えるみたいなノリで重要だったのだろう。

ただ、キシュ自体が領域を持つ都市国家の首都なので、そこにはもちろん王がいる。
紀元前2,500年頃のキシュの王はメシリムで、その頃は南方にあるラガシュと同盟関係にあった。ラガシュはウンマやウル、ウルクといった周辺都市国家とライバル関係にあり、この同盟を阻止しようとウルはキシュの北にある都市国家マリとの同盟を模索する。そのため、マリからウルの遺物が出土する。しかしこの試みは失敗したようだ。

また、キシュの王名リストの中に、「エタナ神話」で有名なエタナがいる。この神話は、エタナが子宝の草をもとめ鷲の背に乗って天へ旅立った、という内容になっている。エタナの実在はまだ確実ではないものの、実在したとしたら在位したとされるのは紀元前2500年より前だろう。ちなみに神話のテキストは最後まで残っていないが、王名表には「エタナの息子バリフ」が記録されているので、たぶん子宝の草を得ることには成功したようだ。
なお残っているテキストはすべて後世のもので、知られているのはバビロニア語版かアッシリア語版だ。


人が住んでいた時期はとても長いが、この都市がとりわけ重要だったのは紀元前3,000年~2,000年あたりの時代。つまりシュメールの都市国家群が互いに覇を競い合っていた時代で、バビロニアが台頭してからはそこまで重要ではなくなっていたようだ。



…シュメールの都市についてここまで色々まとめながら思ったけど、これ初期王朝時代は完全に戦国時代だな…?
群雄割拠というか、各々の都市国家群が覇を争ってて、大都市の勢力は時代ごとに違う。この時代はウルが優勢、この時代はキシュ、この時代は…みたいな感じで、近くにある小さな都市はその時代に優勢だった勢力にくっついてる。同じような都市国家の群雄割拠の時代でも中国は圧倒的に知名度が高いのに比べ、メソポタミアは距離的にも心理的にも遠いせいか知名度が低いんだな…とか。
あと最初に発掘されたのが100年以上前で、現代のようなカラー写真や詳細な調査報告書も残ってないところが多い。

でも今の時代、調べていけば何かしら資料は出てくるので、そんなすっげー謎ってもんでもないですよシュメール。


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ちなみに>>

この「キシュ」は、シュメール語のギルガメシュ伝説の一つ「ギルガメシュとアッガ」に登場するアッガ王の所属する国でもある。
叙事詩の中でギルガメシュの国ウルクは、キシュの宗主権に所属していたことになっている。また、ギルガメシュは若いころに亡命or家出でキシュに身を寄せており、ウルクの王として即位するのにアッガ王の助力を得たことになっている。
アッガ王の父は実在する歴史上の王名になっているため、アッガ王も実在したのではないかと考えられている。

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シュメール神話集成 (ちくま学芸文庫)
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