大酒飲みとされたアプラハンダ王、風評被害疑惑

前提: アプラハンダとは紀元前18世紀ごろのカルケミシュの王様である。

ユーフラテス川の上流、シリアとトルコの国境あたり。町の名前は、かつてこの町の主神だった「ケモシュ」に由来するという。ケモシュ。かわいい名前だが、どんな神様だったのか名前以外はよく分からない。

ちなみにこの時代は都市国家の時代なので、カルケミシュは首都であり王国の中心。近辺にはマリ王国とかカタヌム(カトナ)王国とかがある。その中からのちにバビロンが台頭してくる。

で、そのカルケミシュに紀元前18世紀末期にアプラハンダ(Aplahanda)という王様がいた。
この王様のふたつ名が何故か「酒豪アプラハンダ」とか「大酒のみアプラハンダ」。何 故 ?

めっちゃ気になってしまったので調べてみた、のだが…。理由はどうも、

お酒大好きなよその都市の王様と、お酒トークの往復書簡で盛り上がっていたから

らしいのである。

https://www.coursehero.com/file/p2vqp2r/Mari-Letters-Cont-Yasmakh-Adad-apparently-was-quite-fond-of-wine-He-found-a/

↑これは、ヤスマハ・アッドゥから葡萄酒送ってくれと言われて「いいよ、ワシのお勧めのワイン送るよ! いつも飲んでるやつ!」って返事してる書簡。


当時のカルケミシュは、高級ワインの生産地だったらしい。やり手の王アプラハンダのもと、都市は東西南北の交易路の要所として栄えていたという。交易の記録でも酒の話がよく出てくる。さらに、遠く300kmも離れたアナトリアのアジェムホユックからもアプラハンダの時代に交易で持ち込まれた品の封泥が見つかっているという。封泥はつぼの口を泥でふさいで印鑑おしたものなので、もしかしたらワイン壺に使われていたものかもしれない。

この書簡はそんな時代の交易やりとりのうちの一つで、大のお得意様だった近隣都市国家の王にまとめて高級ワインを売りつけているものだ。だとすると、本当に大酒飲みだったのはアプラハンダではなく、顧客のヤスマハ・アッドゥなのでは…。

いや、自身もお酒呑むのが大好き、かつお酒も売ってる、っていう可能性もあるんだけど。
なんか商売の往復書簡で酒の話してるだけで酒豪扱いはちょっと違うのかなって。ビジネストークかもしれないし。このやりとり見てアプラハンダのほうを「酒豪」と呼ぶのは、言い過ぎのような気がした。

あと多分アプラハンダ王は、お酒を大量に飲む「酒豪」ではなく、お酒に拘って高級な酒しか飲まないタイプの「酒にこだわる酒飲み」「酒グルメ」だったんじゃないかと思うんだ…。



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ちなみにこの場所からはこんな遺物も発見されているよ。かわいい。

世界最古の? スマイリング・フェイス―微笑む壷とカルケミシュの都
https://55096962.at.webry.info/201708/article_25.html