その図像、ほんとにケルト固有なの? グンデストルップの大釜とガレフーズの大型角杯

「ケルトの図像と言われているものは、西地中海世界ではゲルマンの図像でも在り得る」。
これを説明するのによさげな例を追加で発掘したので、ついでに書いておく。


まずはこちらを見てもらいたい。

Small_Gallehus_horn_images.png

Inscription_on_Golden_horn_of_Gallehus.jpg

ガレフーズ(ガレフス)の黄金の角杯(Golden Horns of Gallehus)

作られたのは5世紀初頭と考えられている。

1734年に、ユラン半島(デンマーク)のガレフーズで発見された、黄金の角杯である。ルーン文字が刻まれており、この文字は「われ、ホルティの息子フレウァガスティルは角杯を作れり」と書かれている。杯はその後、盗難に逢って鋳つぶされてしまい、実物は現存はせず、詳細なスケッチ画(複数枚ある)と復元品があるのみである。しかしスケッチ画の文字が判読できることや、複数枚あるスケッチが似通っていることから、おそらく実物と大きな乖離は無い。
この杯は1対であったことが分かっているが、スケッチが残っているのは後から発見された1本分だけである。

この角杯の頂上部分に、なんかツノのある人が輪っか握って立ってるのが見えると思う…。



次にこちらを見てもらいたい。

Cernunnos .jpg



グンデストルップ(ゴネストラップ)の大釜(Gundestrup Cauldron)

作られたのは紀元前150年~100年と考えられている。

1891年に泥炭地(気温が低い地域で、植物が完全に腐らずに溜まっている泥沼)から見つかった。ケルト様式なのかトラキア様式なのかで論争になったことがあるが、現在はケルト文化に属するものとされることが多い。発見時にバラバラになっていたため復元された姿が現在のもの。

で、ここにもツノのある人が輪っか持って座ってますね…。
ちなみにこちらは、ケルトの神ケルヌンノスと解釈されることが多い。


両方とも人物にツノがあること、同じようなものを持ってること、図像の中でヘビが特徴的な位置づけであることなど、共通している点は沢山ある。ただ「似てる」だけだと何にもならないのだが、出土地域が非常に近いことからして、何らか、この地域に特有の信仰ないし文化があったのでは、と考えることは見当はずれではないだろう。

むしろ、角杯がゲルマン文化のもの、大釜がケルト文化のもの、という区切りを作るほうが不自然だ。角杯の時代には、この地域にはケルト文化もケルト人もいないのが明らかなのだから。それでいうなら、ゲルマン系の民族のほうはずっとここにいるので、両方ともゲルマン絡みにしたほうがまだ話が早い。(「ゲルマーニア」を参照)


ちなみに発見場所

角杯
denmark2.PNG
大釜
denmark.PNG

この近さ。



考えられる可能性は、この角つきの人物像はケルト文化に特有のものではなく、ゲルマン系の神の図像としても使われているのではないか、ということだ。


少なくとも、通称ケルトの神ケルヌンノスだと解釈されているグンデストルップの大釜の図像とよく似た図が、後の時代の近い地域の出土品に存在し、そちらは紛れもなくヴァイキング文化のものであるということは事実だ。

そして、前々から言ってるようにケルトとゲルマンは、そもそも隣接している地域なんだから影響し合うのが当たり前で、ヴァイキング美術も(大陸の)ケルト美術のれっきとした後継者と解釈するのが妥当だと思う。



[>参照

ケルト美術って言われてたものもケルトじゃない→ヴァイキング美術「貴方と…ひとつに…なりたい…」
https://55096962.at.webry.info/201706/article_16.html

「(島の)ケルト美術」「ヴァイキング美術」は同時期に似た様式として発展しているが、どちらも大陸の「本家」ケルトから一部を受けついでたはずだ、というのが自分の意見。東地中海で言うところの、アッシリアとヒッタイトとメソポタミアとエジプトが似てるわ、というようなもんで、やっぱ単品で考えるのではなく、纏めて「西ヨーロッパ」という枠でくくるのが自然じゃないかな。