ヒクソスは武力ではなく婚姻でエジプトを支配したか、ミイラの調査から判明したこと

こないだ、「ヒクソスは別にエジプトを侵略したわけじゃないよな、それ古い話でしょ」というツッコミをしたのだが、タイムリーにこんな記事が出ていた。

Foreigners may have conquered ancient Egypt without invading it
https://www.sciencenews.org/article/mysterious-hyksos-dynasty-conquered-ancient-egypt-marriage

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問題になっている第15王朝、ヒクソス人による王朝は、エジプトの戦乱期に出現した外国人による支配王朝だとされる。かつては武力によってエジプト北部を奪取したのだと考えられていたが、前後の時代が明らかになるにつれ、どうもそういう単純な話ではなさそうだということが分かってきている。

*参考用の年表
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/index-middle2.htm

今回の調査では、ヒクソス入植地の中心都市、Tell el-Dab’a(テル・エル・ダバア)から出土した71人のミイラの歯のストロンチウム同位体の調査を行っている。ストロンチウム同位体はカルシウムに溶け込みやすく、しかも場所によって成分の比率が異なる。なので歯に含まれるストロンチウム同位体の成分を調べれば、永久歯(子供の場合は乳歯)が成長する間にどこに住んでいたか特定できる。

その結果、ヒクソス王朝が成立する以前に亡くなった27人の女性のうち21人(特権階級として埋葬された)は、ナイル渓谷より外から移住してきていたことが分かったという。男性の移住者で同じように特権階級として埋葬されたのはほんの数人だという。
これは女性のほうが地位が上がりやすかったというより、女性はエジプトのエリート階級と婚姻関係を結んだからだろうと推測されている。

この推測が正しければ、ヒクソス王朝成立の前段としてヒクソス人女性たちが王家や貴族家に次々と輿入れしてエリート階級の混血が進んでいたことになる。だとすれば、ヒクソス王朝がエジプト人官僚を従えられた理由も、エジプトの伝統を踏襲した王朝経営が出来たことも、特に不思議はない。エジプト北部と南部の関係が希薄になり、北部のエリート階層は移民と混血した結果、移民寄りの王朝が成立したというだけの話。
これなら南部の王朝と仲が悪かった理由もなんとなく想像つく自然なシナリオが出来るな…
気位の高い南部のエジプト人オンリー王朝と、移民受け入れ政策で国際都市持ってる北部の王朝とか、現代でも巧く行く気がしないわ…。


また、ナイル渓谷出身ではない人物が多数埋葬されていたことから、テル・エル・ダバアが様々な出身地を持つ人々の集まる都市であったことも判るという。

ヒクソスと呼ばれる人々がどこから来たのかは、今のところまだわかっていない。他の地域の遺体のストロンチウム同位体の調査がされないと比較できないからだ。しかし、いつかは、エジプトに流れ込んでいた多くの異国人の出身地が、記録からの推測以外の方法で明らかになるのかもしれない。

にしてもエジプト、ミイラ残りすぎじゃない?
他の地域でこれと同じ調査しようとしても、たぶんサンプルこんなに揃えられないよ。


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ツッコミ入れたときの記事

ヒクソスが「侵略者」扱いになってて流石にちょっと古いんじゃないかこれ
https://55096962.at.webry.info/201903/article_18.html