旧石器時代に描かれた鳥の図が鶴に見えない件について

鳥を狩猟する人間がラクガキされた石が、スペイン/カタルーニャのHort de la Bequera (オルト・デ・ラ・ベケーラ)で見つかったという。時代は12,500年前。発見されたのは2011年で、元の線はかなり風化して薄れてしまっているので、材質などを考慮して元の図を再現したようだ。

Researchers find a piece of Palaeolithic art featuring birds and humans
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/03/researchers-find-piece-of-palaeolithic.html#VKOWoHF2mhPouoVM.99

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描かれた二羽の鳥をcranesと言ってるからたぶん鶴と言いたいんだろうけど、いや、ぜんぜん鶴には見えんぞ、むしろダチョウじゃねーかこれ。ヨーロッパにダチョウはいないから鶴と判断したんだろうけど…。

その地方に昔どんな鳥の種類がいたか分かっているならいいのだが、はっきりしていないのなら鶴と断定するのは微妙だなぁと思ったのと、狩猟シーンと言ってるけど鶴相手に槍投げんだろ当たるわけないだろ、とか、なぜ母性?? とか、解説がいまいち釈然としない。

結局のところ、ラスコーやアルタミラのように芸術の目覚めとしては重要な遺物だとしても、旧石器時代の人間が何考えて何を見ていたかは分からない、ということなのだろうか。



このテの発見で違和感を覚えるのは、ヨーロッパ至上主義と発達主義。

ヨーロッパは昔から文化の最先端にあって、古代から順調に芸術的な文化センスが洗練され発達していった、という無言の前提のもとに古代の遺物を見ようとしている感じがする。だが冷静に考えれば、1万年以上前のスペインにいた人々が現代のヨーロッパの人々の直接の祖先かどうかなんて誰にも分からないし、この遺物を作った人が現在でいうヨーロッパの他の地域に住んでいた人たちとどういう関係だったのかもわからない。端的に言えば、この石にラクガキをした集団は実はアフリカから遠征してきていた人たちで、今のヨーロッパの住人とはほぼ無関係な可能性だってあり得る。

繋がってる前提で、しかも現代的な概念にすぎない「ヨーロッパ」に拘って話すのは無意味だし、視野を狭めるよくない考え方だと思うんだが。