Web上にあるいにしえの個人サイト終了と情報の消失の意味とは

最近、個人サイトやブログのサービス終了が相次いでいる。HTMLぺちぺちして作るサイトだけでなく、ブログ系サービスも片っ端から終了していっている。

理由は判る。限界集落だからだ。

新規が増えるわけでもなく、何年も更新されていないような「死んだ」ページばかりになって、広告収入や有料オプションサービスでの売り上げも落ちる一方、ということでサービスを続けられなくなっている。何しろサーバを立てておいておくだけで、保守費用に電気代に管理者の人件費にとひたすらコストがかさむ。それも数十万や数百万ではなく。商売でやってる以上、赤字が見えているならサービス終了も致し方ない。

だが、それによって、結構大事な情報が失われようとしている。



個人サイトなんて大した情報はないだろうと思うかもしれないが、実はWikipediaなんかよりよっぽど正確で重要な情報が載ってるサイトもあったりする。辺鄙なところに行った旅行記とか、今はもうない遺跡や立ち入り禁止になった区域の体験記なんかは重宝するし、「その時」にしか書かれなかっただろう内容、たとえば古いドラマや映画の感想、絶版本のレビューなども検索してみると引っかかってくることがある。
それらの記憶が、インターネット上から少しずつ消えていってるのが現状なのだ。

これは、口伝のみで古来の伝承を受け継ぐ古い集落の人口が減りすぎて、村が廃村になることが決定し、村人が離散していくような状態。離散したあと誰かが口伝をまた別の場所に文章として書けば伝承は生き残るが、そうでなければ忘れ去られる運命である。


今までにもかなりの数の個人サイトのサービスが終了していったが、消えて勿体ないなぁと思ったのは2000年初頭ごろのゲームについてやたら細かく、しかも膨大な本数をレビューしていたサイト。プレイしていた頃を思い出していちいち懐かしい気分になれる良サイトだったが、エキサイトのサービス終了とともに消えてしまったのだよな…。
あれは、当時リアルタイムにプレイしながらじゃないと書けないテキストだったと思う…。

インターネットの世界は、検索が早くなり、複数言語での検索や、画像検索さえ出来るようになり、とても便利になった。
しかしその一方で、検索対象となるデータの種類が減ってしまっている。
やたらと検索に引っかかってくるキュレーションサイト(笑)とかどうでもいいんだよな、それだったら素人の個人サイトで趣味の情報が垂れ流されてるほうがいい。


ジオシティーズが3月末。
Yahooブログが12月末。
みんないなくなっちゃうんだね…

というわけで、Web上の情報は、個人運営のサイトで「消えたら困る」と思うやつは保存しておくことをオススメする。いつ無くなるか分からんからね。



んで150年くらい経ったら、パプリックで公開できるようにしたいねー
さすがにその頃になれば著作権者の死亡後50年で著作権も切れてるだろうし、その頃になれば今のウェブサイトの情報なんかいい民俗学資料になりそうだしね。
…誰かの黒歴史もね?

ほら、いま俺ら二千年とか三千年とか前の古代人の黒歴史を暴きまくってるけど、俺らもいつかは古代人になるわけで…。こういうのは順番だからね。

サービス閉鎖されるから昔の黒歴史も消えるってホッとしてる人のためにも、見つけた痛々しいページは片っ端から保存して未来に繋いでいく所存。(にこにこ