「大人は牛乳を消化出来ずにお腹を壊す」の誤解と、古代人のミルク摂取事情

人間は古代から家畜の乳を飲んでいたが、それは「乳を飲む酵素が大人になっても働く」からではなく、「大腸で消化できる」からで、乳に含まれる乳糖を消化する酵素の有無は実は関係ないという話をしたい。

『動物は大人になると乳を消化する酵素が働かなくなるため、人間以外の動物は大人になると乳を飲めなくなる。しかし人間は大人になっても酵素が働くため、乳を消化出来る。だから人間だけが大人になっても乳を飲めるのだ。』

多少のニュアンスは違えど、こんな感じの言説を見聞きしたことはないだろうか。牛乳の宣伝とかで見たことがあるかもしれない。
しかしこれは正しくない

まず、乳を消化する酵素というものについてだが、これは乳に含まれる乳糖(ラクトース)を消化する酵素(ラクターゼ)のこと。ラクターゼは確かに大人になるにつれ働かなくなっていくが、これは「必要がなくなるから」と解釈してよいだろう。
必要ないはずのラクターゼが、大人になってからも働きつづけるのは人体的にはバグであり、わりと最近(紀元前6,000-5,000年ごろと推定されている)、北欧で発生した変異と考えられてるいる。これを「ラクターゼ活性持続症」という。

しかし、この変異は最近発生したものなので、当然ながら全世界の人類がみんな持ってるわけではない。割合としては、北欧が圧倒的に高く、それ以外の地域ではほとんど保有されていない。

★持っている人の割合でみた図

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★乳糖分解酵素欠損(持ってない人)の割合で見た表

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*元資料
http://www.j-milk.jp/tool/hodo/berohe000000j1hq-att/berohe000000j1kk.pdf

図で見ると「色ついてるとこの人は持っているのか…」と思うかもしれないが、10%以下の地域も多く、人口密度の高いアジアのパーセンテージが低いので、世界人口のほとんどが保有していないとみるべきだろう。

にも拘わらず、世界中で家畜の乳は飲まれている。
ということは… 大人が乳を消化するのに、ラクターゼは必須ではない のだ。

じゃあどうやって消化してんの? というと、大腸内にいる腸内細菌が頑張っているらしいことが、最近の研究で分かってきている。消化酵素があるのは小腸。大腸菌がいっぱい住んでいるのは大腸。つまり消化している場所と消化メカニズムが違うだけで、どっちでも消化は可能。

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また、以下にも記事がある

http://www.j-milk.jp/kiso/uwasa/uwasa16/index.html

"● 乳糖は大腸でも分解できる

これまで乳糖不耐のメカニズムは、小腸に存在するラクターゼ活性が低いため乳糖が小腸で消化されずに大腸へ運ばれ、大腸内の有害菌に利用されて多量の酸やガスを発生するため腹痛や下痢を起こすと考えられてきました。

しかし、乳糖が小腸で分解されない場合でも、大腸に存在する乳酸菌やビフィズス菌などの有用腸内細菌が多い人では、乳糖が良く分解されて、不快症状が出にくいことが近年の研究により明らかになってきました。乳糖は最終的に腸管内で分解され、乳酸や酢酸や酪酸などの安全な代謝物となって吸収されていきます。 "



普通に考えると、小腸と大腸どちらでも消化吸収が可能なほうが効率は良さそうに感じるが、別に小腸のほうで吸収できなくても問題ない。だからこそ人類は、この変異を獲得する前から家畜の乳を利用してきた。もし変異のない人が乳を飲んで高確率で腹を壊すのであれば、家畜の乳の利用は今ほど世界中に広がってはいなかっただろう。

そう考えてみると北欧などは、農作物があまり豊富ではなく、家畜に頼る率が高い。大人になってもラクターゼを活性化させたまま、小腸で乳糖を分解するバグが高い率で保持されたのは、家畜からとれる栄養が少しでも多いほうが生存に有利だったからなのかもしれない。


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…というわけで、長くなったが、ここまでが前提部分。

実際に、ラクターゼ活性持続症の変異を持たない古代のモンゴルにおいて家畜の乳が盛んに利用されていたよ、という証拠が見つかっている。

Tooth plaque shows drinking milk goes back 3,000 years in Mongolia
https://www.sciencenews.org/article/tooth-plaque-shows-drinking-milk-goes-back-3000-years-mongolia

先に挙げた表のとおり、アジアでは現代においてもラクターゼが働かず、小腸では乳糖が消化・吸収できない人が多くいる。今回調査されている紀元前1,300年の人骨のDNAからの解析でも、対象者が乳糖不耐であると示されている。
にも拘わらず、牛やヤギ、羊、ヤクなど様々な家畜の乳を摂取していた形跡がある。(骨の成分や歯についたカスから、生前の食物の種類を再現できる)

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つまり、家畜の乳を利用するようになったことと、乳糖を消化する酵素を活性化させられるという変異は、あまり関係ない

変異を獲得したから乳の利用が広まったのではなく、乳を広く利用するうちに変異が生存有利なものとして固定された、と考えるほうが妥当だろう。


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まとめ

・ラクターゼ活性持続症の変異を持たない人でも普通に家畜の乳は飲める
・家畜の乳を消化するのに、ラクターゼ(乳糖分解酵素)は必須ではない
・小腸の乳糖分解酵素が働かなくても、大腸で大腸菌が分解してくれる

・何でも食える人間の強さの秘訣は 大 腸 に あ り



いや前々からさ、「ホモサピエンスが生存競争に勝ち残れたのは、体内に寄生させてるやべーやつらのお陰じゃない?」とか言ってるけどさ、なんかほんとにそんな気がするんだよな…。